ありがちに、恋の続き


 曲がり角で、反対側からやって来た異性と正面衝突。
 なんて、食パン銜えた遅刻ギリギリの登校途中やなかっただけまだマシと思えばええのか。ベッタベタな展開で何となく先が読めてまうのに、不思議と引き込まれる韓国映画でも在り得へん。所謂『王道』に遭遇したんは偶然やった。
 せやけどその相手がさんやったことは、偶然なんかやない。俺はそう思とる。――― いや、確信しとる。

 辞書によれば、偶然っちゅうんは“そうなる理由がないのに思い懸けなく起こること”を言うんや。
 ほなら、その偶然が何度も起こることは?
 それはほんまに、“そうなる理由がない”ことなんか?

 まるで起こるべくして起こったとしか思われへん、特定の人物との間に起こる偶然では済まされへん出来事の連続。
 それは偶然っちゅうより、寧ろそう ――― 必然。

 いくらベッタベタな王道でも、いや王道やからこそ、あれらは全部、神様が俺に与えてくれたチャンスやったんや。そう思う。
 せやから俺はそのチャンスを掴んだ。
 何があっても絶対、放さへんように固く。そして踏み出した。

 今度は神様に与えられるのをただ待つんやなくて、自分から物にするために。


「……ベタ過ぎる」

 ぽかんとした顔でしばらく固まっとったさんがようやく発した言葉に、俺は目をしばたたいた。せやけどすぐにくすぐったいようなむず痒いような気持ちになる。
 さんの反応は人の一世一代の告白に対する返事にしては随分なもんやったけど、そんでも。この一連の出来事を、さんも俺と同じように感じとったことが嬉しいと、そう思ってもうたんや。
 どうやら俺は、自分で思てるよりもずっと、さんに首っ丈らしい。

「確かに。如何にも王道っちゅー感じで、ネタとしてはあんまおもろないな」

 曲がり角での正面衝突に、取ろうとした本とタイミングが同じで手が触れたこと。互いの落とし物を拾い合ったことや、休日の電車で隣の座席に乗り合わせたこと。
 どれもかしこもベッタベタな、三流映画並の展開ばっかりや。

「あ、せやからて、ほんまにネタやないで? 本気も本気。マジな話や」

 共感の喜びで思わず言葉にしてもうた台詞にさんが顔を顰めたのを認めて、慌てて言葉を重ねる。せやけどベッタベタの王道過ぎるっちゅう思いがあるからか、さんは胡乱な目をしとった。“慌てて”言葉を重ねたのも悪かったらしく、さんの顔にはハッキリと『疑心』の二文字が見える。
 ……どないしょう。言うた通り本気も本気。マジな告白を疑われるとか、ごっつ凹むんやけど。

「その、こんなこと言うのはアレなんだけど……」

 弁明するだけより疑いを深める気がして黙り込んでまうけど、逆にそれが更に疑いを深めてもうとる気もして焦っとると、不意にさんの方が口を開いた。
 見ればさんは言葉を探すように、申し訳なさそうに、伏せた視線を泳がせとった。

「私が思うに、白石くんのソレは恋ではない……と、思う」
「……は? なして?」
「一種の吊り橋効果めいたものと言うか、ともすれば必然的にも見える偶然が短期間に重なったことでそう思い込んでいるだけであって、別に私のことが好きな訳ではないと思うんだ。うん」

 考えを言葉にしてく内に一人で納得してもうたんか、さんの言葉には妙な確信がこもっとった。
 一体どこから来る自信なんかわからん上に、疑われた次は完全否定されてもうた恋心が痛い。せやけど、だからこそ突破口が見えたのも確かや。

さん、自分こそ誤解しとるで」
「……何を?」
「さっき言うたやろ? 俺とさんは廊下でぶつかったのが初対面やないって」

 そう。せやからこの恋は、最近の必然的な偶然に由来する感情やない。

「俺は幼稚園の頃から今もずっと、さんのことが好きやねん。かれこれ十年来の片想いで、初恋なんやで?」
「じゅ、はっ、え? …………え?」

 見方によってはやっぱりベッタベタやけど、それ以上に予想外をいっとったやろう二度目の告白に、さんはさっき以上の驚愕を示した。その顔のまま固まってしもとる様子から、頭ん中はさぞかし混乱しとることが推測できる。
 ほならここはさんが落ち着くのを待つんが紳士的なんやろけど、その選択肢はまず却下や。
 多少狡くても。紳士的やなくても。申し訳なさを覚えても。それでもええ。
 神様に与えられるのをただ待つんやなく、俺は自分から掴み取る。絶対物にしたる。そう決めた。――― 今が攻め時や。

「五歳ぐらいの時、家族で旅行行った先で俺、迷子になってしもたことがあんねん。怖くて寂しくて、周りには他に観光客がおったけど、それでも世界に自分独りだけになってもうた気がして、泣く寸前やった。同い年ぐらいの女の子がな、声を掛けてくれたんや」

 普通やったら、小さい頃の記憶なんて成長するにつれて薄れてしまうもんやろけど。俺はあの時のことを今でも鮮明に覚えとる。
 胸を支配しとった不安も、正に救世主やった女の子の声も、遂に泣き出してもうた俺を安心させるように繋いでくれた手の温もりも、笑顔も。昨日のことのことみたいに思い出せた。

「転入して来たさんを一目見て、すぐにあの子やってわかった。笑った顔がな、変わっとらんかったんや」
「……」
「ほんまはすぐにでも話し掛けたかってんけど、クラスも委員会もちゃうからきっかけがないし、いきなり話し掛けてナンパな男と思われたないしでウジウジしとる間に、気付いたら一年以上が経っとった」

 そんな中で、必然的にさんと、偶然的な出逢いをした。

 ――― チャンスやと思った。
 その後の偶然的な必然といい、これはもう、神様が応援してくれとるとしか思われへんやろ。
 ただちょっとがっつき過ぎた感が否めんかったんは反省しとる。その所為で今回、さんに怪我をさせてもうた訳やし。
 でもそんだけ、必死やったんや。告白された経験は何度かあっても、現在進行形でさんに初恋中の俺は当たり前に恋愛初心者な訳で、いろはがサッパリやし。さんもさんで、他の女子とは違て色恋に興味がないんかドライなくらいやったから。

「まさか、クーちゃん……?」
「! ……憶えとるん?」
「あ、いや、そういう訳じゃなくて。アルバムに知らない男の子と写ってる写真が一枚だけあって、コメントに、そう……」

 そんなこの一ヶ月の奮闘を思い出して苦労を噛み締めとると不意に、家族、敬称的に今は妹の由香里にしか呼ばれとらん渾名がまさかのさんの口から出て、息を呑んだ。
 聞けばあの時のことを憶えとる訳ではないみたいやけど、事情を話すさんは自分が言うたことに自分で戸惑っとるようやった。
 そらベタ過ぎる発言して疑っとった展開に自分で確証を与えたんやから、当然言えば当然や。けど写真っちゅう、しっかりした形に残っとるそれは、俺の記憶とさんへの好意の由来を裏付けるもんであり、俺の更なる勇気になる。

 ドライなさんへ、俺のこの気持ちが言葉より明確に伝わればと思って取った、さんの小さな手を握る力を、ほんの少しだけ強める。
 そうすれば、一度肩を揺らしたさんがハッと俺を見た。その顔にはもう『疑心』の二文字は見えへん。あるのは『混乱』の二文字や。
 そして俺は、多少狡くても。紳士的やなくても。申し訳なさを覚えても。絶対、物にすると決めとる。攻め続けたる。

さんが言う勘違いなんかやない。ずっと前から、今も昔もさんが、さんだけが、俺は好きやねん」

 もう一度、目を見てはっきりと想いを告げれば、さんの顔に初めて羞恥の色が浮かんだ。
 じわじわ赤なる頬は愛らしくて、あのさんのそんな反応を見られただけでも、一種の達成感が込み上げる。せやけどここで満足したらあかんし、何よりできひん。

「でもな、遠くにおるさんをただ想うことしかできひんかった十年よりも、再会できた今、こうして手を握れるくらい近くにおるさんに一人で恋しとる方が、正直辛いねん」

 握っとるさんの手が逃げ出そうとするのを、指を絡めて捕まえる。さんの顔がますます赤なった。
 それでも俺から逸らされることはない視線に目を合わせて、「せやから」俺は言葉を続けた。


「これからは俺とさんの二人で、愛を育みませんか?」


運 命 的 に 、
(そして、劇的なフィナーレを!)

120205