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 皆さんは『王道』というものをご存知だろうか?

 主に漫画やドラマでよく見られる、所謂ベタな展開を指して使われる言葉だ。
 特に少女漫画や韓国ドラマなど、恋愛物を描くストリーにおいてこの王道はよく見られると思う。

 でもこの『王道』ってヤツは、漫画やドラマなんかのフィクションだからこそ在り得るものだと私は思っている。
 世界の人口が六十三億人を超える現代。一人と一人の気持ちが重なり合うことはそう簡単に在り得るものじゃない。ましてや「ずっと好きだったんです!」「実は俺も、お前のことがずっと好きだったんだ」なんて展開、現実ではそうそう在り得ない。フィクションだからこそ成り立つものだ。

 しかし現実、私はその王道も王道。ベタもベタな出逢いってヤツを体験してしまった。


「きゃっ!?」
「うおっ!?」

 どうしてこう、自分が日直の時に限って面倒な仕事を任されるのか。
 担任への恨み辛みを胸の中で並べるのに留め、クラス分のノートの山を職員室に向かって運んでいた時だ。丁度廊下の角を曲がろうとしたところで、私は反対側から来た人に正面から衝突。尻餅をついた。
 当然ながら抱えていたノートは散乱して、お尻は痛いし、それ以上に自分のキャラじゃない女の子らしい悲鳴ってヤツを上げたことが痛くて仕方ない。きゃって何だ、きゃって。中学生にして早くも枯れてると言われる私も、一応は女だったってことか。

 というか、曲がり角で人とぶつかるとか、今時三流の恋愛映画でも在り得ないぞ。

「す、すまん。大丈夫か?」
「ええ、はい。大丈夫です。はい」

 しかもぶつかった相手が男だってところがまたベタな。
 差し出された手を特に確認もせずに有り難く借りると、握ったところで、感触に違和感を覚える。何故か人肌じゃなくて布の感触だ。
 夏服の時季にまさか手袋でもしてるのかと、顔を上げた私はそこで驚いた。

「え、白石くん?」
「! ……俺のこと知っとるん?」
「それは、まあ……」

 寧ろ知らない人を捜す方が困難でしょうよ。

 全国レベルの実力を持つテニス部で部長を務める白石蔵ノ介と言えば、その容姿や優秀な成績も相俟って、まず間違いなく校内一の有名人だ。去年転校して来た私だって、転校から一ヶ月もしないで彼の存在を知った。寧ろ知らされた。
 転校して最初にできた友達がね、キャーキャー言ってるんですよ。
 白石くんだけじゃなくて、忍足くんとか財前くんとか、テニス部を筆頭に各部のイケメンってヤツの情報を、聞いてもいないのに聞かせてくるんです。お陰で話をしたこともない彼らについて、無駄に詳しい自分がいる。

 まあ、そんなことはさて置き。
 白石くんに引っ張り上げられた私は彼にお礼と謝罪を告げ、それはもう見事に散乱してるノートを急いで拾い集めに掛かった。
 だって休み時間って十分しかないし。さっさと職員室に届けて戻らないと、次の授業に遅刻する。

 そしたら何故か、私の目の前には同じようにしゃがんでノートを拾い集める白石くんの姿が。

「いいよ、白石くん。そこまでしてくれなくて」
「元はと言えば俺がぶつかった所為やし、女の子一人で運ぶには大変やろ。手伝わせてや」
「いやいや、いいって本当に。そこまでされたら逆に申し訳ないから」

 白石くんが集めたノートを取ろうとしたら、その前にひょいっと持ち上げられてしまう。
 見れば白石くんは雨に打たれる仔犬のような表情を浮かべていて、私はうっと言葉に詰まった。え、何その反応。

「俺に手伝われるの、迷惑なん……?」
「え? いや寧ろ私の方が迷惑掛けてる、みたいな? ほら、休み時間も残り少ないし、私の所為で白石くんが授業に遅れたら悪いから」
「何や、そんなことか。別に気にせんでもええで。俺がさんのこと手伝いたいだけやから」
「は、はあ……」

 そう言われると、ものすごーく断り辛くなるんですけど。
 と言うか曲がり角でぶつかったところからここまでの展開が、何と言うかまた、ベタ過ぎるだろ。
 まあ、あの白石くん相手にありがちな恋愛的な展開には成り得ないけど。

(――― あれ? そういえば白石くん、何で私の名前を知ってたんだ?)

 そして結局、白石くんにノートの山を三分の二ほど奪われ、教室に戻る途中まで一緒に来て別れたところで、私は今更な疑問に至った。
 転校してから今日まで、白石くんとの接点なんてたまに廊下で擦れ違うくらいだし、クラスも委員会も違って、多分共通の友達もいないと思う。ましてや私は白石くんみたいに有名でもないし、何でだ?
 考えたところ思い付いた「まさか」の可能性に、私は鳥肌が立った。じ、自分で自分が痛過ぎる……!


 で、自分の思考の痛々しさに打ちひしがれたそんな日から一ヶ月。
 あの日を境に、どういう訳か私はベタな展開に遭遇する日が続いた。しかも相手は白石くんばかりだ。

 例えば図書室で本を借りようとして手を伸ばしたら、同じ本を取ろうとした手とぶつかって、それが白石くんの手でしたとか。
 例えば廊下で拾った落し物が白石くんのものでしたとか、その逆もまた然り。
 例えば休日、出掛け先から帰るのに電車に乗って空いている席に座ったら、隣に白石くんが座っていましたとか。

 もうホント、今時そりゃねぇよって展開、または遭遇をするんです。
 最早呪われてるの領域だと思う。それともまさか、本当に呪われてるのか?

 しかし、本当の意味でのベタはこんなもんじゃ済まなかった。


「おいおい、洒落になんないから……」

 現状を端的に述べよう。階段から突き落とされて足を挫きました。頭を打たなかったのが幸いです。
 しかもこんな時にまで起こったベタな遭遇によって、白石くんにお姫様抱っこなんてされて保健室に連れて行かれました。その去り際見た私を突き落とした犯人の顔は、悔しさやら嫉妬やらで凄まじいことになっていた。
 しかし言わせて欲しい。私を突き落としてこの結果を招いたのはお前自身だろうと。

「ありがとう、白石くん。運んで治療までしてくれて。でもごめんね、重かったでしょ?」
「いや、そんなことあらへんよ。羽根みたいやったわ」

 いやいや、それは社交辞令でも言い過ぎです。逆に傷付くから。
 不在の保険医に代わって湿布を貼り、包帯を巻いてくれる白石くんの手付きは保健委員なだけあって手馴れていた。その上、今の白石くんは包帯を巻くため、私の前に跪き、立てた膝に私の足を乗せている状態だ。
 何コレ私何様。こんなことが白石くんのファンに知られたら、今度は突き落とされるだけじゃ済まないって。

「ほんまにすまんな……」
「え?」
「この怪我、俺の所為やろ?」

 正直、まさか気付いていたのかと思った。
 確かにあれだけ殺気のこもった目を向けられていた私の近くにいた訳だから、白石くんも何か感じるものがあったかもしれないけど。

「まあ、否定はしないかな」
「え、してくれへんの?」
「だって事実ですから。白石くんを好きな子からすれば、私ってぽっと出の女だし。恋する女の子からしたら、相当気に食わないでしょ」

 今まで廊下で擦れ違っても完全スルーだった女が、急に挨拶を交わす仲になって、更には学校でも外でもやたらと遭遇するようになったんだから。
 しかも頻繁に遭遇するようになってからと言うもの、白石くんの方から馴れ馴れしく……は、失礼だな。親しげに声を掛けて来るようにもなったし。そんな場面を見た子からすれば、ひょっとしたら私たちは付き合っているように見えたのかもしれない。
 実際、例の友達がどうして何で、まさか付き合ってるのかと喧しかったし……。

「かと言って、白石くんにすべての責任がある訳ではないよ。いくら嫉妬に駆られたとはいえ、一歩間違えば人のいのちを奪いかねないことを仕出かしたあちらが、圧倒的に悪い。そもそも友達と話すだけでいちいち嫉妬されるとか、勘弁して欲しい……」
「――― え?」
「え?」
「あ、いや、……さん、俺のこと、友達と思ってくれてるん……?」

 …………えっと、それは、つまり……?

「……ごめんなさい、調子に乗りました。私みたいな女が白石くんのような人の友達とか言ってすみません。思っててすみませんでした」
「ちゃうで!? そういう意味やのうて、う、嬉しいんやけど……その……」

 白石くんと遭遇する度、ベタだベタだとは思っていたけど、流石に何度も偶然が重なって関わることがあれば、それなりに親しみを持つものだ。
 そんな繋がりで生まれた関係は、友達と言うより、知り合い以上友達未満と言う表現が近いのかもしれないけれど。私は白石くんのことを友達だと思っている。
 だけど何やら言葉を探すように視線を彷徨わせる白石くんは、嬉しいと言いながらも、そうとは言い切れない様子だ。気を遣わせてしまっているんだろう。申し訳ない。ほんと、調子に乗ってました。すみません。

 すると包帯を巻き終えた白石くんは膝から私の足を下ろし、だけど立ち上がることなく、私の手を取った。
 驚いて白石くんを見れば、何やら真剣な眼差しと出会う。思わず息を呑んだ。

さんに友達やと思ってもらえて、嬉しいんはほんまや。あの時廊下でぶつかっとらんかったら、さんとは友達にすらなれへんで終わってたやろし。ただ同じ学校に通ってるだけの他人で終わるより、友達と思われとる方がずっとマシや。せやけどな」

 握られた手に、更に力が込められた。

「俺はさんと、友達っちゅう関係で終わりたくないねん」
「……と、言いますと」
「せやなぁ。差し当たっての望みは、さんと恋人同士になることやな」
「こいびとどうし……?」
「おん。できればその先の、夫婦って関係にもなりたいんやけど。さん的にはどうやろ?」

 どう、と言われましても。
 というか何この、ベタもベタ過ぎる展開。え、えっ?

 混乱する私に、白石くんはトドメと言わんばかりにこう告げた。


さんが好きです。俺と付き合うてくれませんか?」


あ り が ち に 、
(実は俺ら、廊下でぶつかったのが初対面やないんやで?)

100921


白石が主人公を好き過ぎて我慢できなくなる話。
我慢できなくなる、ほどの葛藤は悔しいことに描けませんでした。
ベタな王道がお好きとのことで、王道って何だろうといろいろ考え、初めは白石視点にしようとしたのですが、結局はこんな形で落ち着きました。
白石って(私的に)王道も王道の韓国映画が好きらしいですから、きっと数々の偶然を運命と思うこともあるんじゃないかなー、なんて思ったり。偶然がいくつも重なれば必然と言いますし。
そんな感じで、それではぶんさま。リクエスト誠にありがとうございました!