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Thanks 100,000hit!! それは新年度が始まって少し経った、ほとんどの運動部が休日返上で練習に励む土曜日のお昼時。 どうにも気が漫ろで集中できない心理状態に、わたしは予定より早めに部活動を切り上げた。そして荷物を纏めて帰り仕度が万全に整った状態で、普段は鞄に仕舞っている携帯電話を机の上に置いて、それをじっと見つめる。 そうして何分が経った頃かはわからないけれど、感覚として途方もない時間が経った頃に、今日はマナーのモードをサイレントからバイブレーションに変えていた携帯電話が震え始めた。 点滅するランプの赤色に誰からの連絡かは確認するまでもないけど。表示される『着信』の文字と十一桁の数字に、慌てて通話ボタンを押す。 「もしもしっ!」 『あ、? 今から着替えっから、あと十五分ぐらいでそっち行くわ』 「そ、それなら、わたしが丸井くんのところに行くよ。わたしの方はもう、用意できてるから!」 『マジ? 、行く気満々じゃん』 笑い混じりの丸井くんの言葉に、わたしは顔が熱くなった。 丸井くんと出掛ける時には特に、出発予定時刻よりずっと前にすべての用意を終わらせるのが当たり前になっているけど、言われてみれば確かに。ほんの数分どころか数十分、数時間も前からそわそわしているなんて、まるで遠足前の子供みたいだ。 それだけ楽しみにしているってことなんだけど、でも、……段々恥ずかしくなって来た。他でもない丸井に指摘されたのが、余計に。 「だ、だって、えっと……お、お腹空いてるから!」 『あー、それは同感。んじゃあ、南門で待っててもらっていいか? 俺も着替えたらすぐ行くから』 「う、うん。また後でね、丸井くん」 『おう、また後でな』 羞恥を誤魔化すわたしの言い訳に、もともと食欲旺盛な丸井くんは部活を終えたばかりとあって余程お腹が空いてるのか、あっさり同意した。 だけどその声にはほんの少し、笑いが滲んでいた。 電話越しなのに、どうやら全部見透かされているみたいだ。は、恥ずかしい……。 ますます熱くなる顔をパタパタと手で扇いで誤魔化して、通話を終えた携帯電話を鞄に仕舞う。 念の為最後にもう一度戸締まりを確認してから、わたしは美術室を後にした。 「ー!!」 そして急ぎ足で向かった南門の端で、テニスバッグを持った人が通り過ぎるのを何人か見送っていると、ふと丸井くんの声が聞こえた。 見ればつい先日の始業式の日を髣髴とさせる出立ちをした丸井くんが、駆け足でこちらにやって来るところだった。 「悪い、待たせた!」 「ううん、平気。そんなに急がなくても良かったのに……」 「だって腹減ったし、小食のがお腹空いたとか言うくらいだぜ? これはもう、急がなきゃだろぃ?」 悪戯っぽく笑う丸井くんの言葉に、わたしは誤魔化したはずの熱がぶり返すのを感じた。 その顔はやっぱり、全部わかっているくせに! 「……丸井くんの意地悪」 「へへっ、悪い悪い! ほら、早く行こうぜ。俺まじ腹ペコペコ」 ネクタイを結びブレザーを着て、テニスバッグを背負った丸井くんに手を引かれ、わたしはむっとした気持ちのまま歩き出した。 だけど今日の部活のことや、このところ話題によく上る“アカヤ”くんと言う新入部員のこと。テニス部が今日は早めに切り上げになった理由の、明日の練習試合についてとか。いろいろなことを本当に楽しそうに語る丸井くんの姿に、わたしはいつの間にか一緒になって笑っていた。 こうやって怒りとか悲しみとかを全部なかったことにして、周りまで笑顔にさせてしまうんだもの。丸井くんって本当にずるい。 学校から徒歩十五分ほどにある最寄り駅の駅前は、相変わらず人が多かった。 丸井くんはその人ごみを器用にスイスイ縫って進み、わたしを目的地である一軒のお店 ――― ファミリーレストランへと導いた。 ガラス張りの扉を押し開けた丸井くんに続いて中に入ると、どこかで電子音が鳴ったのが聞こえた。そして何より、店内には外とはまた違う喧噪があった。食欲をそそる美味しそうなにおいもする。 「い、ッ ――― いらっしゃいませ。申し訳ありません、只今店内非常に混み合っております。こちらに名前を書いてお待ちください」 「だって。待つけどいいか?」 「わたしは大丈夫。丸井くんは?」 「この時間じゃどこ行っても混んでんだろーし、順番待ちすんのが賢明だろぃ」 丸井くんはそう言って、店員さんが言った“こちら”に向かった。手を繋いでいるため、必然的にわたしもそちらに向かう。 そこには『お名前を書いてお待ちください』の案内が書かれた台座に紙が置かれていて、丸井くんは備え付けのボールペンを手に取った。横からこっそり覗き込むと項目が三つあって、丸井くんは一番下の段に左から順に『マルイ』と数字の『2』を書き、最後は禁煙の文字に丸をした。 同じように書かれた欄が丸井くんの上には四つあって、それより上の欄にはすべて横線が引かれている。 記入を終えると丸井くんは踵を返し、出入口のすぐ脇に設置されている椅子に座る人たちと同様にそこへ腰掛け、わたしも座るように促した。 すると店員さんが一人やって来て、先程丸井くんが記帳した紙を見て、そこに書かれた名前の一つを読み上げた。 そうしたら、名前と一緒に呼ばれた人数と同じ数の人が立ち上がって、ボールペンで紙に線を引いた店員さんに連れられてお店の奥へ消えた。成る程、そういうシステムなんだ。ならここは差し詰め、病院の待合室みたいなものなのかな。 謎が解けたところで視線を正面の壁に移すと、今度はそこに貼られたポスターが目に入った。 「丸井くん。丸井くんが言ってたイチゴフェアって、あれ?」 「ん? おお、あれあれ。今年はパフェとムースとケーキか。おっ、タルトもあんじゃん!」 「今年はって、毎年違うの?」 「微妙にだけどな」 その後、丸井くんはわたしが知らないファミリーレストラン ――― ファミレスについて、いろいろなことを教えてくれた。 中でも一番驚いたのは、ある金額を支払えばドリンクやスープやサラダが、何度でもおかわり自由ということだ。主食の他にもしっかり食事ができるなんて、前に丸井くんが言っていた通り、確かにファストフードより食事らしい食事ができる場所かもしれない。 そうして順番を待っていると、遂に「二名様でお越しのマルイ様」と呼ばれた。丸井くんは透かさず立ち上がる。 案内されたのはお店の奥。隅の席だった。通りに面した窓側の席ではなかったことに内心ほっとする。だけど丸井くんとわたしの二人だけなのに、何故六人は優に座れる席に案内されたのか。わたしは首を傾げた。 その理由はお互い何を頼むか決まって、丸井くんに笑いながら押すような促された呼び出しボタンを押して店員さんがやって来ると、すぐにわかった。 「えーと、じゃあまずハンバーグセットのライス大盛りで。あとこのドリアとピザ二枚とポテト。んで、食後のデザートにジャンボパフェとイチゴフェアのパフェとタルトとケーキ。あ、ドリンクバーも」 「……丸井くん、それ全部食べるの?」 「は? 当たり前じゃん。これでもまだまだ少ない方だぜぃ?」 「そ、そうなんだ……」 「んなことより、も早く注文しろよ」 「うん……。えっと、じゃあタラコスパゲティと、デザートにイチゴのムースをお願いします」 すべての注文を聞き、確認のため店員さんが復唱する内容に、わたしは聞いているだけでお腹が一杯になりそうだった。 そして店員さんが去った後、恐る恐る丸井くんにこう訊ねた。 「丸井くんって、ひょっとして、ここにはよく来るの?」 「おお、部活が終わった時にジャッカルとかとよく来るぜ」 ああ、やっぱり。常連さんなんだ。 それからしばらくして、カートに乗せられて続々と運ばれて来た食器によって、テーブルはその半分が埋め尽くされてしまった。 だけど丸井くんは次々にお皿を空にして行く。 その勢いを見ている内に段々お腹が一杯になって残したわたしのパスタも、食後に運ばれて来たデザートも、丸井くんは綺麗に平らげてしまった。それでも丸井くんの言う通り、丸井くんにしては少ない量だったけれど……。 こうして、わたしの初めてのふぁみれす体験は、最後の驚きだけを印象に残して幕を降ろした。 ふぁみれす*101013
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