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「ほら、」 「――― んっ!?」 名前を呼ばれたのと同時に唇を割って口の中へ押し込まれたそれは、舌の上を転がった途端に溶け出して、わたしの味覚を甘く刺激した。 授業の合間にある十分の休み時間中、丸井くんが嬉々として開封していたそのお菓子は、突然の行為と出来事に驚いたことを一瞬で忘れてしまうくらい美味しかった。思わず頬が緩むけど、残念ながらその楽しみはあっという間に終わってしまう。 「溶けちゃった……。これは、チョコレート?」 「チョコはチョコでも生チョコな。てか、唇にココアパウダー付いてるぜぃ」 「えっ!?」 慌てて口許を手で隠し唇を舐めてみると、確かにココアパウダーの味がした。恐らくチョコレートにまぶされていたものだろう。 だとしたら丸井くんが付けたようなものなのに、笑うなんて酷い。 恨めしさを込めて睨んでみるけど、全く気にした様子のない丸井くんの笑い混じりの謝罪には、当然ながら全く誠意を感じられなかった。 「丸井くんの意地悪……」 「悪い悪い。ほら、もう一個やるから機嫌直せって、な?」 とは言いつつも、丸井くんは相変わらず意地悪な顔のままだ。おまけに「あーん」なんて言いながら、容器に入った方のチョコレートではなくて、ココアパウダーが付着する自分の指で摘んだ方のチョコレートを差し出してくる。 その言動は下手に出たご機嫌取りなのに、表情が全く伴っていない。 一体どういう訳なのか、近頃の丸井くんはこういった意地悪な言動が多くなっている。だから今回のこれもその一端なのだろうけど、こう何度も一方的にやられっ放しだと、そろそろ その時ふと思い付いた意趣返しに、わたしはチョコレートを差し出す丸井くんの右手の手首を掴んだ。するとわたしの行動に丸井くんは目を丸くしたけど、本当の意趣返しはこれからだ。 丸井くんが驚いているその隙に掴んだ手を引き寄せ、わたしもまた身を乗り出して、チョコレートを摘む丸井くんの指先に唇を近付ける。 そしてその指ごとチョコレートを 伏せていた視線を上げると丸井くんは更に目を丸くしていて、意趣返しの成功にわたしは笑った。 「――― ッ!!?」 すると刹那、丸井くんの顔はその髪色以上の赤に染まった。 同時に手を振り解かれ、丸井くんは椅子を蹴倒して勢いよく立ち上がる。 「おおおお俺ジャッカルのとこ行って来るっ!!!」 「えっ、ま、丸井くん!?」 桑原くんのところに行くって、休み時間はもう終わり ―――。 案の定、直後に鐘が鳴ったのだけど、先生が来て授業が始まっても、この時間に丸井くんが戻ることはなかった。 これって絶対にわたしの所為、だよね。丸井くんの好意に甘えてばかりなのに、生意気にも反抗心なんて抱くから、こんな……。 すると、因果応報と言うのか。 次の休み時間になって戻って来た丸井くんは、今まで以上の意地悪になっていた。 日常の話 001*110113
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