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** 幸村精市 休憩時間がもう終わろうとしていた時だった。 切迫した顔の丸井がテニスコートの脇を駆け抜けて行くのが目に入り、俺は首を傾げた。近くにいた柳も同じく丸井に気付き、時たま本当に見えているのか疑わしくなる視線で、その姿を追う。 「丸井だな。先程部長に、まだ来ていない赤也を捜しに行くと言って、ジャッカルを道連れに出て行ったはずだが」 「そうなのかい? あっ ――― ジャッカル!」 噂をすれば、海林館の方から丸井の後を追うように走って来るジャッカルの姿が見えて、俺は彼を呼び止めた。 ジャッカルは一瞬驚いた顔をして、立ち止まることへの躊躇いを見せた。 その間にも、今までに見たことがない足の速さを発揮させた丸井の背中は遠ざかる。あっという間だ。すると追い付くことを諦めたのか、ジャッカルは足を止めた。 「一体どうしたんだい?」 「それがさっき、ブン太と一緒に赤也を捜して部室に行ったら、ブン太の携帯にあのから電話があって」 「さんから?」 フェンスを出て柳と一緒に駆け寄り事情を訊くと、説明するジャッカルもいまいち状況を把握し切れていないのか、すっかり小さくなった丸井の姿を気にするその顔には戸惑いが浮かんでいた。 そんなジャッカルの口からさんの名前が出て、俺は嫌な予感がした。 「お、おう。そしたらが泣いて、助けてって言ってるとか、男の子と怪我がどうとか ――― って、幸村!!?」 ジャッカルがすべて言い切る前に、俺は丸井を追って駆け出した。だけど丸井の姿は既にどこにも見当たらなくなっていて、俺はらしくもない舌打ちをした。そんな事情なら丸井のあの表情を見た時点で気付いて、呼び止めておけばよかった。 さんの身に何かが起こっているこの状況で、丸井が素直に足を止めたとは思えないけど。 仕方なく俺は自力で丸井を捜して、あちこちに視線を巡らせながら走った。――― その所為で注意力が散漫になり、途中誰かと肩がぶつかる。 日頃鍛えているお陰か、幸いにも俺は少しバランスを崩しただけで済んだけど、相手はそうもいかずに弾かれて尻餅をついた。 「す、すみません! って、先輩……?」 慌てて謝罪し、立ち上がる手助けに手を差し出そうとしたところで、俺は驚いた。 俺がぶつかったのはテニス部の先輩だった。それも入学してすぐ、テニス部に道場破り紛いの殴り込みをして来た赤也に惨敗して以来、部活に全く顔を出さなくなった先輩だ。 今日だって部活に来ないで、こんなところで一体何をしているんだ? 正直俺は、この先輩があまり好きではなかった。 どうやったって覆せない一年や二年の年の差と、立海大テニス部のレギュラーの座にあるという立場をひけらかして鼻に掛け、まるで王様のように振る舞う。だけどその実力ははっきり言って、強豪の名に相応しいとは言えない。自尊心の塊が服を着て歩いているような人だ。 性格的にも人間的にも到底好きにはなれない部類の人で、寧ろ嫌悪感すら抱く。 自分が気に入らないことがあるとすぐに厭味ったらしく陰湿な嫌がらせと悪態を吐く人でもあるから、一度捕まると酷く厄介な人でもある。 面倒な人に関わったと、俺は口を衝いて出そうになったため息を呑み込み、一先ず人として、中途半端に止まっていた手を先輩の目の前に差し出した。 ――― すると先輩は弾かれたように顔を上げ、俺を認めた瞬間に「ひぃっ!?」と悲鳴を上げた。更には尻餅をついたまま後退りする。 「先輩? どうし」 「ち、違うっ! オレは悪くない!! アイツが悪いんだ! アイツが、一年のクセにアイツが生意気だから ―――そうだっ! オレは先輩として後輩の指導してやっただけだ!! だからオレは悪くない、悪くない!!!」 混乱した様子で言い募る先輩が一体何を必死になって否定し、自分の無実を訴えているのか。 最初の内はその勢いに気圧されていた俺には、さっぱりわからなかった。 だけどその発言に混じる“一年”と“生意気”という単語。そしてジャッカルが言っていた、さんが発したらしい“男の子”と“怪我”という単語。二つの情報が俺の中で面白いくらいぴったり、何の疑いようもなく重なった。 瞬時に込み上げ、爆発し掛けた怒りをなけなしの理性で押し留めて、俺は差し出していた手で先輩の襟首を掴み上げた。弾みでワイシャツのボタンがいくつか取れたけど、そんなことはどうでもいい。 流石にそこまでは抑え切れなかった怒りで震えた声で、俺は問い掛けの形を取りながらも、選択の余地など与えない強制力を込めて言った。 「――― 赤也はどこだ?」 事件発生 002*100920
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