** 丸井ブン太


「おい、切原はまだ来てないのか?」
「え? あ、はい。まだ来てません」

 一通りの練習メニューが終わって、一年前よか体力付いたけどまだまだきっちぃーって思って、息を整えんのに必死になってた時だった。一年の一人に部長やってる三年の先輩が声を掛けてんのが目に入った。
 普通なら別段気にするような光景でもねぇけど、部長が口にした“切原”って名前に、俺は興味を持った。

 だって切原って、先月入学してすぐテニス部に、幸村くんたちに勝負挑んだ赤也のことだろぃ?
 他のレギュラーだった先輩たちには圧勝してたけど、幸村くんと真田と柳の三人にはボロ負けして。最初はすっげーショック受けてたみてぇだけど、立海大どころか全国的にもトップ選手のあの三人に勝って、自分が全国ナンバーワンになるんだ!、とか何とか。
 朝練には遅刻ばっかだけど、放課後の練習には毎日真面目に参加してるハングリー精神の塊みたいな奴だ。

 ――― その赤也が、まだ来てない?

 いまいち信じらんなくて、俺は自分の目で、遠目でもわかる赤也のもじゃもじゃ頭を探した。
 けど一年が言ったように、去年幸村くんたちの活躍で全国制覇した反響でメチャクチャ増えた新入部員の中のどこにも、切原の姿は見当たらない。

「そうか。ったく、今朝の朝練にまた遅刻したと思えば、今度は放課後もか。本当にアイツは」
「部長! 俺ちょっと行って捜して来るッス!」
「は? お、おい丸井、お前練習は」
「メニューならもう終わったんで、ロードワークと思ってひとっ走りして来るッス! 行くぞ、ジャッカル!」
「うおっ! ちょっ、待て、ブン太!?」

 部長の言葉を遮る形で進言して、俺は部長の答を聞かずに、近くにいたジャッカルの腕を掴んで駆け出した。
 そういや部長も赤也にボロ負けした一人だっけ。部長って立場だからか、他のボロ負けした先輩たちみたいにあからさまではねぇけど、でもたまぁにああしてグチグチすっから女々しいつうか何つうか。
 ああいうの聞くとホントまじ、ガッカリだぜぃ。

「おい、ブン太! いきなり何だ、どこ行くんだ? ちゃんと説明してくれ」
「んあ? おお、わりぃ。それがさ、赤也がまだ来てないっつうから、捜しに行こうと思ってよ」
「赤也が? 意外だな……」

 テニスコートから離れたところで足を止めて、連れて来たジャッカルに事情を説明すっと、ジャッカルも俺と同意見みたいだ。
 そりゃ第一印象から生意気で、赤目とかの所為もあって同じ一年には嫌厭されてるし、俺たちの学年にも先輩たちにも嫌ってる奴が多いし。そんな赤也に構いまくってんのは俺たちぐらいだかんな。知り合ってまだ一ヶ月ぐらいだけど、赤也の人となりはそれなりに把握してるつもりだ。
 その立場から言わせてもらえば、赤也の奴は根っからのテニス馬鹿だ。俺たちだって人のこと言えた義理じゃねぇけど。

 つまり何が言いたいのかっつうと、赤也は理由もなしに部活に遅刻するような奴じゃねぇってことだ。
 まあ朝は寝坊してるし、勉強の方もバカだから、教師に捕まってる可能性は捨て切れねぇけどな。

「それならまず、部室を見に行くか」
「おうっ!」

 取り敢えず最初に部室に行って、荷物があっかどうかの確認だ。
 俺とジャッカルはテニスコートから近いレギュラー専用の部室とは別の、海林館って呼ばれてる部室棟に向かった。でもそこの部室は部員の数に対してロッカーの数が少なくて、特に一年の荷物は床に雑然とあっから、どれが赤也の荷物か捜すのは骨が折れる。

「うへー、早くも心が折れそう」
「そういえばブン太、お前赤也と携帯の番号交換してなかったか?」
「あ、そっか。何だよジャッカル、お前冴えてんじゃん!」

 世の中には文明の利器っつう便利なもんがあるのを、俺としたことがすっかり忘れてたぜ。
 俺は自分の荷物からケータイを引っ張り出して、二つ折りのそれを開いた。――― 瞬間、まるで謀ったみたいなタイミングで、バイブにしてあるケータイが振動し出した。あぶねっ、びっくりして危うく落っことすとこした……!

「って、?」

 一体誰だ、変なタイミングで鳴らしてきやがったのは。そう思って画面を見た俺は、そこで驚いた。
 画面に表示されてるのはの名前で、しかも電話の着信だ。滅多にないからのアクションにもだけど、部活中だってわかってるはずの今、あのがメールじゃなくて電話して来たってことが、俺には更に驚きだった。

 何かあったんだって思った。
 後ろにいるジャッカルを無視して、俺は通話ボタンを押した。

「はい、もしも」
『――― 助けて!!』

 一瞬、まじで呼吸の仕方を忘れた。

!? どうし」
『お、男の子がっ、わ、わたし、怪我、ど、したら、っ……!!』
「おい、落ち着け。今どこにいんだ? !?」

 電話の向こうにいるの声は涙声どころか完全に泣いてて、捲くし立てられる言葉は支離滅裂だった。
 いくらこっちが声掛けても全然耳に入ってねぇみたいだし、かと思えば突然電話が切れちまって、俺は舌打ちした。すぐさま部室を出ようとして振り返ると、後ろに立ってたジャッカルと危うくぶつかりそうになる。俺はまた舌打ちした。

「退けっ、ジャッカル!!」
「お、落ち着けって、ブン太。って、あのだろ? どうしたんだ?」
「知らねぇよ!! 何か知んねぇけどが泣いてて、助けてって、男の子がどうとか怪我がどうとかっ、いいから退け!!!」

 俺はジャッカルを押し退けて、今度こそ部室を飛び出した。
 確かの奴、今日は久し振りに実物を見ながらスケッチするんだって言ってた。何を描くのかは放課後、あちこち見て回って決めるって。つまり美術室には行ってもいねぇってことで、このバカでっけぇ立海大のどこかにいるってことで……。

「だあああっ!! どこにいんだよ!?」

 のことだから、きっと無意識にでも人がいないとこに行っちまってんだろうけど、人がいない場所ってどこだ!?
 放課後だから教室はどこも人がいねぇだろうし、空き教室は沢山あるし、何よりやっぱ校舎がバカでっけぇし! 敷地もバカでっけぇし!!
 右に行くか左に行くか、それとも真っ直ぐ行くか。ベタな分かれ道に地団駄を踏みそうになった時だった。

「――― ん? あれって……」

 向こうの方から、慌ててるっつうか焦ってるっつうか、すっげー挙動不審な奴が走って来るのが目についた。
 制服姿だけどあれって確か、赤也にボロ負けした先輩の一人だ。しかも負けたのがよっぽど堪えたのか、最近部活に全然来てねぇけど、こんなとこで何やってんだ?

(――― ずっげぇヤな予感がする)

 さっきまでの迷いなんか一瞬で吹っ飛んで、俺は先輩が来た方向に向かって駆け出した。
 走りながらもさっきから何度も掛け直してる電話が繋がる気配は、一向にない。
事件発生 001*100920