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幸村くんと別れた後、お昼休みをいつも過ごしている美術室へやって来たわたしは、直後に驚愕した。 何故って、美術室の前には、教室の扉に背中を預けて廊下にしゃがみ込む、膨れっ面の丸井くんの姿があったからだ。そして横顔でも眉間にすごい皺を寄せていることがわかる丸井くんは、わたしに気付くとますます顔を顰めた。 「遅い!!」 「ご、ごめんなさい!」 驚いていたところを開口一番に怒鳴られ、わたしは反射的に謝った。 だけど待って。何でわたしは怒鳴られてるんだろう? このお昼休みに丸井くんとの約束があった訳でなければ、来るのが遅くなったことを咎められる謂われもない。丸井くんがここにいることといい、訳がわからない。 けれどもそれを口にする勇気のないわたしは、立ち上がった丸井くんに催促されるまま、ポケットから取り出した鍵で美術室の鍵を開けるしかなかった。 鍵を開けるなり乱暴に勢いよく扉を開けた丸井くんは、擬音を付けるならドスドスという足取りで中に入り、普段わたしがよく座っている席のひとつ前の席に、荒々しく腰を下ろした。扉を閉めて恐る恐る続いたわたしも丸井くんの後ろ、窓際の列の前から二番目の席に着席して、お弁当を机の上に置いた。 「ま、丸井くん? 怒ってる、の?」 「……」 「あの、謝るから。わたしに至らないところがあるなら、頑張って治すから、だから、その……」 ――― 嫌いに、ならないで。 いつもなら後ろ向きに座って顔を合わせてくれる丸井くんの見慣れない背中に、わたしは無性に悲しくなった。告げる声が情けなく震えていた自覚がある。眼球の奥は熱くて、じわじわと視界が滲んできた。泣きそうだ。 そう思った瞬間、丸井くんは勢いよく振り返った。そして、わたしと目を合わせてくれる。 「ばっ、嫌いになるはずねぇだろぃ! つか別に怒ってねぇし、ただ……!」 「……ただ?」 「ただっ、その、…………って、幸村くんと知り合いだったのか……?」 丸井くんの口から出た思わぬ名前と疑問に、わたしは瞬いた。お陰で涙の気配がすっかり引っ込む。 「丸井くんは、幸村くんを知ってるの?」 「知ってるも何も、同じテニス部」 「じゃあ、前に丸井くんが言っていた『同じ一年生なのにすっげー強いユキムラくん』って、彼のことなの?」 「……、知らなかったのか?」 わたしは頷いた。 こう言っては幸村くんに失礼だけど、一見儚ない印象の彼がスポーツをしている姿は、いまいちピンと来ない。見た目の印象で言えば、幸村くんは間違いなく文化部の人間だと思う。 そんな彼が、丸井君曰く、先輩たちを凌ぐ実力を持った一年生のトップで、今年立海大テニス部が全国制覇をするのに大きく貢献した立役者だったとは。とてもじゃないけど想像ができない。 あ、だけど思い返してみると、夏休み前の壮行式や夏休み明けの始業式で壇上に出たテニス部の中に、幸村くんらしき人の姿があった気がしないでもない。 ああいう集会の場は特に居心地が悪くて苦手だから、式の間はほとんど下を向いていて、よく覚えていないけど。 「なら、知り合いでもねぇのに、幸村くんはに何の用だったんだよぃ?」 「部活の見学をさせて欲しいって、お願いされたの」 「見学って、美術部のか? 何で?」 「えっと、海原祭でわたしの絵を見て、ファンになったって言ってた、よ」 思えば、幸村くんの台詞は嬉しいのと同時に、物凄く恥ずかしいものだ。 彼は自分のファンなんですって言葉にするのも、凄く恥ずかしいけど。 だけど幸村くんが気に入ってくれた絵の内容は何てことはない、ただの風景画だ。中学校の部活動で制作するには行き過ぎている規模だということを除けば、の話だけど。 何せ風景用のキャンバスの規格で最も大きい五〇〇号 ――― 縦が約三メートルで横は約二メートルもある作品だ。しかもそのサイズのキャンバス四枚で一つの作品になるという、超大作になっている。 熱中すると周りが見えなくなる性質と、学校がある平日のように時間に縛られない夏休みという環境に甘んじた不摂生な生活により完成した作品なのだけど、やり過ぎたことに気付いたのは完成した後だったという、恥ずかしい曰く付きの作品でもある。 何より恥ずかしいのは、あの絵を痛く気に入ってくださった理事長の権限により、空き教室の一つがあの絵の展示スペースとなったことだ。展示させて欲しいと理事長直々に交渉されて了承したのだけど、まさかあんな扱いをされるとは思っていなかったから、本当に驚いた。 「ふーん、そっか……」 「……もう、怒ってない?」 「は? だから最初から怒ってねぇって。ただ、その……。あー、とにかく! 俺は何も怒ってねぇし、が気に病むことは何もねぇってコト! 以上!」 急に早口で捲くし立てた丸井くんは、最後に「わかったらさっさとメシ食え!」と言って、髪色に負けない色をした顔を背けた。 乱暴な言い方ではあるけど、嘘ではないとわかる丸井くんのその言葉にわたしはほっとして、反動で一気に押し寄せた空腹感を満たすため、言われた通りお弁当を広げた。 「そういやさ、は結局OKしたのか? 見学の話」 「うん、まだ日程は決まってないけどね」 ふぅん、と気のない返事をした丸井くんは、返事とは裏腹の真剣な表情で何か考え込むように腕を組んだ。 その様子にわたしは首を傾げながら、今日はなかなか美味しくできた出汁巻き卵を咀嚼した。 突然の呼び出し 002*091110
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