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それは大盛況の内に幕を下ろした、二日間に渡る立海大附属の中学・高校・大学合同の文化祭 ――― 海原祭からしばらく経ち、祭りの余韻がようやく落ち着いてきた十一月初旬の出来事だった。 「さん」 お昼休みになり、お弁当を片手に教室を出たところを、わたしは知らない声によって呼び止められた。立ち止まり振り返ると、緩くウェーブした髪に、制服でなければ女の子に見間違いそうなほど綺麗な顔立ちをした男の子がいた。 一瞥の最後に見た上靴のラインがわたしと同じため、同学年らしい。だけど少なくとも同じクラスの人間ではないし、当然ながら面識もない。 「少し、今時間いいかな?」 そんな人間に呼び止められる理由に覚えがなければ、呼び出される理由もまた、わたしには身に覚えがない。 いや、何故か周囲に嫌われていることを考えれば、悲しいかな思い当たらないこともない。だけど理解はできなかった。 「……わたしに何か?」 「えっと、その前に場所を移していいかい? ここではちょっと……」 「……。わかりました」 人気がないところへ行くのは得策ではないけど、いつになく視線が刺さり居心地が悪い廊下の真ん中では、どんな内容であれ落ち着いて話もできないだろう。 慣れたくもないのに慣れ始めているわたしはともかく、現状は彼にはあまりに酷な環境だ。 わたしは彼に背中を向けて足早に歩き出し、しかし続く足音が聞こえないことに気付いて立ち止まった。振り返って確認すれば、彼は自分から場所の移動を申し出ておきながら、その素振りもなく立ち尽くしていた。そしてわたしが首を傾げるのとほぼ同時に、はっと弾かれたように駆け寄って来る。 彼が来るのを待ってから、わたしは前に向き直って再び足を動かした。今度はちゃんと、後に続く足音があった。 そうしてやって来たのは、校舎の端に位置する階段の前だった。 ここの階段は教室から離れているため使い勝手が悪く人通りに乏しいので、お昼休みの校舎でありながら喧騒が遠い。 「それで、わたしに何の御用です?」 いくら自ら望んだにしても、彼とて嫌われ者と二人きりなんて辛いだろうし、何よりわたし自身が知らない人と二人きりなんて環境に長居したくなかったから、わたしは彼と向き合うなり早速核心に迫った。 すると彼は伏せた視線を泳がせ、少しの間、口ごもる。 「その、初対面でいきなりこんなことを頼むのは不躾とわかっているんだけど、さんにお願いがあって……」 「わたしに、お願い? ……内容は?」 全く予想だにしていなかった言葉だった。具体的なことを問うと、彼は更に落ち着きなく視線を泳がせる。 「えっと、さんが部活をしているところを、見学したくて……」 「……それは、入部を検討されているということですか?」 「あ、いや。こう言っては失礼だけど、そのつもりはないんだ。ただ見学がしたいだけで……」 彼の意図が、わたしには全く解せなかった。 わたしが所属している美術部は、学校側も力を注ぎ活躍目覚しい運動部とは対照的な文化部の中で、どちらかといえば弱小に位置している。それもこれも、間々ある記録に引き換え、部員数が少ないためだ。今年の新入部員がわたし以外にいないことからも、それははっきりしている。 特に今なんて、海原祭の終了と同時に三年生が引退して、部員数は部が部活動として認められる規定人数ギリギリの状態だ。そのため入部希望者がいれば大歓迎なのだけど、見学を希望している彼には、その意思がないという。 では一体、どういうつもりで見学を申し出ているというのか。それもわざわざわたしを指名して。 よからぬ想像が脳裏を過ぎる中、わたしはその真意を問おうと考えた。 「理由を伺っても?」 「……」 彼の視線がまた泳ぐ。今までで一番長い躊躇だった。 「この間の海原祭で、さんの絵を見て、一目でファンになっったんだ。だから一度近くで見学したいと思って……」 うっすら頬を赤くさせたその表情と言葉は、わたしに衝撃を与えるには充分過ぎるものだった。 動揺して思わず逃げ腰になったわたしに、この時、彼は初めてまともな視線をくれた。ただ目を向けられただけなのに、射抜かれたと錯覚するような意思の強さを感じさせる瞳だった。 本気だ。彼は嫌われ者であるわたしへの冷やかしや嫌がらせではなく、本当にわたしの絵を見て、本気でファンになったと言っている。それがわかった。 背筋を悪寒に近い、しかし不快ではないものが走った。お弁当を持つ手にぎゅっと力がこもる。 「駄目ならいいんだ。その時はすっぱり諦めるから、断ってくれていい」 「――― いえ、構いません」 彼の言葉に、わたしは即座に首を振った。 だってこの、じわじわと込み上げてくる感情は前にも味わったことがある。これは歓喜とも呼べる喜びだ。躊躇いながらもはっきりと告げられた彼の言葉が、逸らすことなくわたしを見てくれている瞳が、わたしの心を震わせている。 「見学、歓迎させていただきます」 「――― あ、ありがとう!」 ぱっと輝かんばかりの笑顔になった彼、幸村精市くんの姿に、わたしもまた頬が緩んだ。 突然の呼び出し 001*091110
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