** 仁王雅治


 もともと、こういうイベントは好かん。
 気を許した人間以外に、どんな些細でも自分のテリトリーを侵されるのも好かん。

 じゃから朝練が終わって仲間たちと向かった昇降口で、自分の下駄箱から溢れて真下の簀子すのこに山を作るほどラッピングされた箱や袋が積み上がっとるのを見た瞬間、抱いた感情は嫌悪以外になかった。
 そもそも食い物を、砂利道や便所に行った靴を入れる場所に突っ込む神経が理解できん。どう考えても不衛生じゃろ。
 挙句の果てには休み時間の度にキンキン騒いで、一方的な好意を押し付けてくる連中にうんざりさせられた。

 よって、教師の都合で時間より早く終わった四時間目を好機と見た俺は、連中が来る前に教室を離れることにした。
 十分二十分の休み時間であれだけ喧しいんじゃ。一時間もある昼休みにはどうなるかなんて、考えたくもなか。

 そんな俺が逃げ込んだのは、普段からよく行く屋上じゃのぅて、保健室じゃった。二月の今屋上は寒いし、変に防寒すれば行き先を言ってるようなものじゃからの。
 それになっちゃんの愛称で親しまれちょる保険医はこういうことに理解があるから、似たような事態が起こった二ヶ月前の誕生日の時みたいに、匿ってもらえると考えての判断じゃった。

 ――― そこでまさか、あんな光景に遭遇するとは思ってもみなかったがの。

 俺が保健室に行った時、なっちゃんは席を外しとった。
 奥のベッドが一つ使われちょる状態で、相手が女子の場合自惚れでなく面倒なことになる確率が高かったからの。利用者名簿で誰が寝とるか確認すれば、名簿に書かれとった名前は立海の人間で知らない奴はおらん、氷の薔薇っちゅうセンスが欠片も見えん呼ばれ方をされちょる奴の名前じゃった。
 ――― 。試験で常に首席をキープし、恐ろしく整った顔立ちをしとると有名な高嶺の花じゃ。


(じゃが、どう見ても噂の人物像からは程遠いのぅ……)

 俺は興味がないことにはとことん無関心なタチじゃが、それでも耳にしとった噂じゃと、氷の薔薇サマは冷血な能面女といった印象じゃったんだがの。丸井と親しげに話しちょる姿からは到底結び付かん。
 声音も口調も、表情まで柔らかい。俺と目が合った時はまさに能面じゃったのに。

「ところで青春してるところ悪いけど、この濡れたタオルってさんがやったの?」
「あ、すみません。目許を冷やそうと思ってお借りして、忘れていました」
「目許冷やすって、今日バレンタインだし放課後ってアレだろぃ? 大丈夫かよ?」
「多分、大丈夫ではないかな」

 蚊帳の外の俺にはさっぱりわからん話を主語もなしにしとる二人は、どうやら思ったより親密な仲なのかもしれん。
 すると丸井に向かって困ったように笑っとった氷の薔薇サマの視線が不意に俺に向き、まるで波が引くように、氷の薔薇サマの顔から表情が消え失せた。一転してさっきも見た無表情になる。

「あ、そういやって仁王と初対面?」
「……その通りじゃが、ブンちゃん、俺の存在完全に忘れとったじゃろ」
「細かいこと気にすんなって。つか、ブンちゃん言うな」

 氷の薔薇サマの視線をたどるように振り返った丸井は悪びれもせずにそんなことを言う。その反応は図星かコラ。
 大体丸井はほとんどの場合において、細かいことどころか大きなことにまで、いい加減で大雑把なところがあるじゃろう。それによる被害をいつも被っとるのがジャッカルじゃから、本人は気にも止めとらんがの。

「まあ、んなコトは置いといて。、こいつが仁王な。ほら、前に話したろぃ?」
「……『人のことをからかって遊ぶのがすげームカつくけど、差し入れされたお菓子全部俺にくれるすっげーいい奴』?」
「そう!」

 氷の薔薇サマの口から棒読みとはいえ男言葉が出たんは驚きじゃが、丸井は何ちゅう話をしちょるんじゃ。

「で、仁王。言うまでもなく知ってっと思うけど、こいつがな」
「……はじめまして、です」
「仁王雅治じゃ」

 言葉遣いや態度は礼儀正しいが、丸井と話しとる時にはなかった刺々しさを含む氷の薔薇サマ、を、俺は改めてまじまじと見た。
 入学式の時に遠目に見たきりじゃが、確かに整った顔立ちをしとる。誰かがまるで人形のようだとか言っとったが、表情がないと確かに人形みたいじゃな。それっぽい服着せて店先に並んどっても、全く違和感なしじゃ。

「おい仁王、あんまのこと見んな」
「何じゃブンちゃん、ヤキモチか?」
「バッカ、ちげーし。はお前と違ってデリケートなの、シャイなの」
「……、は?」

 デリケート? シャイ?
 この能面みたいに無表情の人間が?
 明らかに俺のことなんて眼中にない、氷の薔薇とか呼ばれとる女が?

は人見知りなんだよ。だからんなジロジロ見んな、ビビってるだろぃ」
「――― えっ!?」

 丸井の発言に逸早く、誰よりも過剰に反応をしたのは、何故か当事者であるサンじゃった。
 それに今度は、丸井が虚を衝かれて驚いた顔をする。

「……何んだよ、その反応」
「えっ、あ、その……わたしって、人見知り、なの?」
「…………お前、俺とまともに会話できるようになるまで一ヶ月以上掛かっといて無自覚って、ほんとタチ悪いよな」
「ご、ごめんなさい!」
「謝んな、俺が虚しくなる」
「ごめ、やっ、えっと……」

 丸井の言葉にいちいち踊らされてあたふたしちょるサンは、やっぱり噂の人物像から程遠ければ、それどころか全くの別人じゃった。
 サンが慌てるほど丸井はニヤニヤ楽しそうに笑っとるのに、全然気付いてないようじゃし。意外に天然なんか?

 中一で黒レースのブラ着けちょるし、身に纏う雰囲気は同年代の奴らよりずっと落ち着いとって大人っぽいんじゃがのぅ。丸井に翻弄されとる姿は子供っぽくもあるし、訳がわからん。
 じゃが俺が、という人間に多少の興味を持ったことは、間違いなかった。

 ところで、さっきから脇で「青春ねぇ」なんて生暖かい目をしちょるなっちゃんは、一体今いくつなんじゃ。
二月十四日 003*091201