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荒々しく開かれた扉に驚いて振り返ると、そこには髪をボサボサにして、肩で息をする丸井くんの姿があった。 すると丸井くんはわたしと目が合うなり酷く驚いた顔をして、かと思えば突然しゃがみ込んだ。今度はわたしの方が驚き、慌てて駆け寄ると、丸井くんは深く長いため息をついていた。 「なっちゃんに騙された……」 「……どういうこと?」 なっちゃんというのは、養護教諭のあだ名だ。苗字が南城だからなっちゃん。 委員会で初めて集まり、気安くそう呼んでくれと自己紹介された時は何の冗談かと思ったけど、既に先輩方の間では定着していた呼び方で、酷く驚いた覚えがある。 尤もわたしは今まで一度も呼んだことがなければ、これからも呼ぶつもりはないけれど。 「さっきなっちゃんが、が倒れて寝込んでるって教えてくれたんだよ。てか、寝込んでるどころかちょー起きてるし」 「それで、……来て、くれたの? わたしのために、わざわざ……?」 「当たり前だろぃ」 丸井くんは顔を上げて、顰めっ面を浮かべた。 「……人がまじ心配したってのに、なーに笑ってんだよ」 「え、あ、ごめん。嬉しくて、その……」 不謹慎だとは思うけど、丸井くんの姿が慌てて駆け付けてくれたとわかるものだからこそ、嬉しくて。無意識に緩んだ顔を指摘されて、わたしは頬を押さえた。 だけどじわじわ込み上げてくる喜びはなかなか抑えることができず、わたしの顔は緩んだままだった。 「はいはーい! 青春するなら人の邪魔にならないところでしなさい。出入口塞がないの」 「あっ、なっちゃん!」 そこに南城先生が現れた。 先生はまるで虫でも払うように手を振ったけど、立ち上がった丸井くんは退けるどころか、先生に食って掛かる。 「おいなっちゃん! 俺のこと騙したろぃ!? フツーに元気じゃん!!」 「あら本当? さっきより顔色いいし、それはよかったわ」 「あ、はい。ご心配お掛けしました」 「いいのいいの。それよりさんはその格好、早く何とかしなさい。思春期の少年の目には毒だから」 丸井くんの文句なんて軽くいなして、南城先生は突然そんなことを言った。 指摘を受けてその格好というのがどんな格好なのか、自分の有り様を見下ろしたわたしは、慌てて胸元を押さえた。 そういえば検温の後すぐに横になったから、寝苦しくないようにネクタイとボタンを外したままだった。その所為で寝乱れて更にもうひとつボタンが外れていたブラウスの胸元からは、ばっちり下着が見えていた。 「……見た?」 「み、見てねぇ!!」 まあ何の指摘もなかったから、丸井くんも気付いてなかったんだろう。 そもそもわたしの不注意なんだから、仮に見られていたとしても丸井くんを責めるのは間違っている。寧ろ見苦しいものを見せてしまったと、わたしの方が謝罪すべきだ。 「だから青春は余所でやりなさいって。……あら、お客さんいたの?」 お互い真っ赤になるわたしたちを押し退けて保健室に入った南城先生の言葉に、わたしははっと、起き抜けに対面した銀髪の男子生徒の存在を思い出した。 そういえば彼、あの時すごく驚いた顔をしていたけど、あれは涙ではなくて下着が見えていたことに対する驚きだったのかもしれない。嗚呼、どうして起きた時点ではだけていたことに気付かなかったんだろう。恥ずかし過ぎる。 「気分でも悪いの? それとも怪我?」 「いや……」 「あれ? 仁王じゃん、こんなとこで何してんのお前?」 どこか居心地悪そうにしている彼を一先ずスルーし、ネクタイとブレザーを取りにベッドに戻ると、後方ではそんなやり取りがなされていた。 それにしても“ニオウ”って、どこかで聞いたことがある名前だ。それも最近。 「女子から逃げとった」 「逃げるって、折角タダでお菓子がもらえんのに勿体ねぇ!」 「あれはもらってるんじゃなか、押し付けられとるんじゃ。大体あんなに甘い物渡されて喜ぶのは丸井ぐらいじゃき」 どこの方言だろう。何だかさらっと嫌味とも取れる発言が聞こえたけど、そうか。最近聞いた覚えがある名前だと思ったら、休み時間のたびに聞こえた黄色い悲鳴の中にあった名前だ。 女子から逃げていたという言葉が出るほど、どうやら彼は人気者らしい。学級どころか学年の垣根を越えた人気だから、渡されたお菓子の数は相当なものなんだろう。 (あ、そうだ) そこでふと、わたしはあることを思い出した。 忘れない内にと急ぎ、手鏡でネクタイが曲がってないか、寝癖がないかをチェックし、ブレザーに袖を通す。 「丸井くん」 「おう、どした?」 ニオウくんと向かい合う処置用の丸椅子に座っていた丸井くんが、くるりと振り返る。 「放課後までに、少しでいいから時間取れないかな? ケーキを焼いて来たの」 「まじで!? 何のケーキ?!」 「バレンタインだし、ガトーショコラに挑戦してみました」 「やりぃっ! からのチョコ、いやケーキか? ま、どっちでもいいや」 「ケーキだケーキ、のケーキ!」なんて即興で歌い始めるほど喜ぶ丸井くんに苦笑して、大袈裟だよと言えば、丸井くんはそんなことはないと即座に否定した。 「は料理もお菓子作りもウマいかんな、期待すんなって方が無理だろぃ!」 「えっと……お粗末様、です」 あまりに手放しで褒められたから恥ずかしくなって俯けば、南城先生の「青春ねぇ」なんて呟きが聞こえた。 二月十四日 002*091128
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