クリスマスに大晦日、お正月。何かとイベントが立て続けている冬休みは、夏休みの二の舞を演じる暇もなく終わった。それは同時に、わたしの好きに過ごせる時間もなかったことを意味していた。
 このためいくらその事情を知っているとはいえ、冬休み中ずっと音信不通だったわたしが冬休み明け、丸井くんから真っ先に頂戴したのは明けましておめでとうの言葉ではなく、こっ酷いお叱りの言葉だった。

 丸井くんって怒るというより拗ねるから、一度機嫌を損ねると厄介で、特に今回は許してもらうまで本当に骨が折れた。

 どうやら丸井くんはクリスマスも大晦日もお正月の初詣にも、わたしを誘おうとしてくれていたらしく、だけど何の連絡も取れなかったわたしに何かあったんじゃないかって、とても心配してくれたようだ。
 そんな丸井くんに許してもらうために、わたしと丸井くんは二人で改めて、クリスマスと大晦日とお正月を行った。
 そのイベントならではの物を食べただけだけど、クリスマスケーキもお節料理も、全部わたしの手製だ。特にお節料理はいろいろ調べて、これでもかってくらい頑張った。

 そんな一月の出来事が懐かしい、二月中旬。

 わたしはこの日初めて、丸井くんたちテニス部員が女子生徒に人気であることを知り、恋愛が絡んだイベントを前にした女の子の気迫の凄まじさを知った。
 同性だけど、いや同性だからこそ、その鬼気迫る迫力がとても恐ろしかった。

 どうやら今年の一年生には学級どころか学年すら問わない人気の人がいるらしく、廊下には休み時間のたびに、丸井くんの部活の話で何度か登場したことのある名前を呼ぶ、女子生徒の黄色い声が響いていた。教室から出られないほどの騒ぎだ。
 お陰で休み時間に美術室へ行くことができなくて、わたしは何故かいつになく方々から感じる視線にじっと堪えるしかなかった。

(放課後は先約があるから、休み時間の内に、丸井くんに用があるのに……)

 だけどその用事を果たす前に、わたしは情けなくも限界を迎えた。

「失礼します……」
「あらさん? 顔が真っ青よ、大丈夫?」

 三時間目の授業時間中に訪れた保健室では、委員会で顔見知りになっている養護教諭が一人、机に向かっていた。
 わたしの訪問に背凭れ付きの椅子を回転させて振り返った彼女は、わたしを一目見るなり目を丸くした。慌てて駆け寄ってわたしの肩を支えてくる辺り、今のわたしは相当顔色が悪いらしい。

 道理で教室を抜ける際、授業担任がもう一人の保健委員を付き添わせようとした訳だ。
 委員会の集まりで一緒になったことはあっても、今は二人きりなんて耐えられそうになかったから、丁重にお断りしたけど……。

「貧血かしら、気分はどう?」
「いえ、人の多さと甘い匂いに酔っただけですから……」
「ああ、成る程。今年の一年生は将来有望そうな子たちが揃ってるものねぇ」

 学校関係者として、その発言は如何なものだろう。
 度々会話する中で先生の好みが年上のオジサマとは知っていても、いろいろ問題を感じる。

 利用者名簿に名前を記入し、ネクタイと第二ボタンまでを外したブラウスの襟元から体温計を脇に挟む。平熱だった。
 だけど顔色の悪さからベッドで横になっているよう勧められて、わたしは有り難く奧のベッドに入った。備え付けのハンガーにブレザーを掛けて、家の布団より厚手で重たい、だけど大して温かくはない布団の中で丸くなる。

 休み時間の喧騒が嘘のように静かな授業時間に、ほうっとため息が出る。
 養護教諭はわたしが来る前の作業に戻ったのか、エアコンの静かな稼働音の他に、ペン先が紙を滑る音がした。

 保健室はその場所柄から清潔感が大事になる。そのためか他のどの教室よりも白色が多い。事実、他の教室では生成り色をしている壁や天井、ベッドを仕切るカーテンまでもが白だ。
 空気には消毒薬のにおいが混じり、何だかここだけは酸素までもが清潔な気がする。

(いやだ、な……)

 そういう場所だとわかっていても、保健室は病院とよく似ている。病院も白くて、消毒薬など薬品のにおいがした。
 あまり思い出したくないことを思い出し、ここへ来る度に沈む気持ちに気付かない振りをして、わたしはますます丸くなって、ぎゅっと固く目を閉じた。


 次に目を開けて最初に思ったのは、「またか」という何の感慨もない言葉だった。起き上がって重力の向きが変わった頬を涙が伝い、顎から手の甲へ滴り落ちる。
 わたしはそれを放置したままベッドを下りた。
 わたしの肌は変に拭うと簡単に赤くなるし、早く冷やさないとすぐに腫れてしまうのだ。そんなことになれば、今日はいろいろ厄介なことになる。そんな焦りがあった。

「先生、濡れタオルを ―――」
「……」
「……」

 上靴を履いて仕切りのカーテンを開けると、正面の壁沿いに置かれた簡易ソファーに浅く腰掛ける男の子と目が合った。
 寝起き眼には少々刺激が強い、キラキラ眩しい銀髪の、男の子だ。わたしと目が合うなり、彼は猫みたいな目をこれでもかと言わんばかりに丸くさせた。

 思わず言葉が途切れたわたしは彼が一体何をそんなに驚いているのか疑問に思い、だけどすぐに理解した。
 学校中の嫌われ者がいきなり現れたばかりか泣いていて、見苦しいものを見せてしまったと、わたしはすぐに彼から顔を背けて養護教諭の姿を探す。だけど保健室にはわたしと彼以外に誰もおらず、仕方なく、タオルは勝手に拝借させてもらった。
 蛇口を捻り、冷たさのあまり痛みすら感じる真冬の水道水でタオルを濡らして絞り、目許に当てる。

「……お前さん」
「――― !!」

 その時、保健室の扉が勢いよく開いた。
二月十四日 001*091127