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** 幸村精市 その衝撃は強烈にして、鮮烈だった。 さんの姿を初めて目撃した入学式での衝撃を、俺は今でも鮮明に覚えている。 新入生代表として壇上に現れた彼女は一瞬にして会場内の視線を独占した。それほどまでに美しかったからだ。濡れているように艶のある髪も精巧に作られた人形のような顔立ちも、後に直接対面した時になって知った光の加減では銀色にも見える瞳も。何もかもが。 あの瞬間に俺は ――― 俺たちは、“”と言う一人の人間に魅せられた。 そんな彼女に一度ならず二度までも衝撃を受けたのは、秋にあった海原祭でのことだった。 何の気なしに入った美術部の展示ブース内で、更に区切られた一角。そこに飾られた前後左右、四面を囲う巨大な彼女の作品を見てだ。 室内であるにも関わらず、そこには空があった。 真上は流石に天井だったけど、どこかの屋上からの景色を描いた、三六〇度のパノラマだ。落下防止のフェンスがあって、眼下の街があり、空がある。内一枚には奧の方に海も描かれていた。 何気ない風景なのに、本物と見紛うほど繊細で迫力があるこの絵を介した風景は、まさに絶景だった。 ――― そんな俺が、最初だと思っていた。 「二人は仲が良いんだね」 話を盛り上げるのが上手い丸井が相手とはいえ、目の前で行われる会話は気持ちがいいくらいにテンポがよくて、俺には見せる遠慮を丸井には一切見せていないさんの姿に、思わずそんな言葉が口を衝いて出た。 話を中断してきょとんとした顔で振り返った二人の視線に、俺ははっとする。 バレンタインデーにチョコの受け渡しをし、つい先日のホワイトデーにはそのお返しを受け渡していた二人だ。仲が良いことは既にわかり切っているのに、馬鹿なことを言った。 だけど一度音にした言葉を取り消すことはできない。 ならいっそのことと、俺は何でもないような態度を装って言葉を続けた。 「ほら、前にさんの部活を見学した時に見せてもらったスケッチブックに、何枚か丸井の絵があったから。普段からよく一緒にいるのかと思ったんだ」 言い訳臭いかと思ったけど、さんにも丸井にも、気に止めた様子はない。 「よく、かどうかはわかりませんが、一緒にお昼を過ごすことはありますよ。ほんの何回かですけど、街へ出掛けたこともあります。だよね、丸井くん?」 「おう。まあ、ほどほどにって感じだな。つか、俺の絵って何だよぃ? モデルにされてたとか初耳なんですけどー?」 「うっ、それは、その……」 言葉とは裏腹に楽しげな丸井に顔を覗き込まれて、さんは視線を泳がせる。 どうやら触れない方がいい話題だったみたいだ。だけど風景画ばかりが続いていた中に突如として現れた人物画 ――― それも身近な人間の絵だったから、ずっと気になっていたんだ。 後々二人が親しいことを知って、だけど絵を“日記”と言うさんの日常に丸井が含まれていることが羨ましくて、仕方ないとわかっていても悔しくて、理解はしても納得はできなくて……。 単にこの機会に乗じてその意図を知りたいだけの、俺の身勝手な我が侭だとわかっている。 だけど知りたくないと、同時に矛盾した思いを抱いている自覚もあった。 それでも俺はさんに味方するようなことをしなかった。結局は知りたいんだ。さんにとっての丸井の価値を。 「勝手にモデルにしたのはごめんなさい。一度描きたいって思ったら、なかなかその衝動が止められなくて……」 「ふーん? まっ、別にいいけど。変な顔の絵じゃねぇんだろぃ?」 「それは絶対にないよ! わたしの中の丸井くんって笑顔が基本だから、笑顔以外は喜んでる顔とか拗ねてる顔とか、後は」 「あー! いい、言わなくていい! ハズいから止めろ!!」 言葉通り赤くなった丸井が手を伸ばしてさんの口を塞ぐ。 やっぱり会話のテンポがいい。羨ましいと思っていたはずの二人の親しさが、微笑ましいとすら思えた。 「ふふっ、本当に仲が良いんだね。丸井が羨ましいよ」 「羨ましいって、幸村くんだって仲良い方だろぃ? とそんな話したことないのに結構打ち解けてるし」 「ちょっ、丸井くん!? それは駄目、言っちゃ駄目! 絶対駄目!!」 「あ? 何まだ認めてねぇの? いい加減自覚持てよ。つか認めろぃ」 何のことかはわからないけど、余程内緒にしたいのか、今度はさんが丸井の口を塞ごうとして手を伸ばした。だけど丸井はそれを軽々躱し、楽しそうに、意地悪く笑う。 まるで仔猫同士のじゃれ合いだ。普段から態度も雰囲気も大人びているさんが年相応に見える。 それは悔しくて羨ましいのに、それ以上にもう少しだけ見ていたい光景だったけれど、制服のポケットで不意に震え出した振動に、その思いは叶わなかった。こっそり取り出して窺ったサブ画面に表示されている名前は、駅方面に近い校門で落ち合う約束をしている仲間の名前だった。 そういえば俺は丸井を呼びに来たはずなのに、いつの間にかミイラ取りがミイラになってしまっていた。 振動をし続ける携帯はメールの受信ではなく、電話の着信だ。 「丸井」 睦まじい様は割り込むことが躊躇われる光景だったけど、終わるまで見届ける訳にはいかない。丸井にだけ行った呼び掛けに、二人はまた、今度はじゃれ合いを中断をして俺を振り返る。 着信が止んだ携帯を開いた俺は見易いメイン画面を丸井に向かって突き出した。 「そろそろ行かないと、本当にお昼抜きになるよ」 「げっ、もうこんな時間!? 悪い、また今度な!!」 待ち受け画面に大きく表示させているデジタル時計を見て、丸井は比喩ではなく飛び上がった。 この時間なら待ち合わせ場所にもファミレスにも走って行かないと、部活に間に合わなくなるだろう。ゆっくり食べている時間もない。 食欲が人より旺盛な丸井は俺が言った「お昼抜き」の言葉に異常に反応すると、さんに言いたいことだけを言って急に走り出した。それに一時は驚いた顔をしたさんは、すぐに微笑ましそうに微笑した。とても柔らかく、優しい笑みだった。 「何だかごめんね」 「いいえ、それより怪我がないように気を付けてくださいね」 「うん、ありがとう」 丸井を追って走り出そうとした俺は、だけど踏み止まって、一度は背を向けたさんを振り向いた。 そんな俺の行動に、さんは不思議そうに首を傾げる。 「実はさんの部活を見学した後、さんの影響で俺も水彩画を始めたんだ」 「……え?」 「それで機会があればさんの部活、参考までにまた見学させてもらってもいいかな?」 瞠目したさんは直後に微笑する。 それはつい先程丸井に向けたものと同様に優しく柔らかな微笑だった。目許にはうっすらと朱が差し、美の象徴と謳われる石像より遥かに美しい女性の微笑みだ。 三度受けた衝撃に俺は雷に打たれたかのような錯覚を起こし、脳天まで硬直した。 「わたし如きがどこまでお役に立てるかわかりませんが、幸村くんの都合がよろしい時、好きにお越しください」 「あ ――― ありがとう!」 俺はそう叫んで、今度こそ走り出す。まずい。今の俺の顔、絶対に真っ赤だ。鏡を見なくてもわかる。 何度目かの振動をする携帯をぎゅっと握り締めて、俺は仲間たちが待つ校門へ逃げ込むように急いだ。赤くなっているのは全速力で来たからだと、誤魔化すために。 卒業式出席 002*091217
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