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桜の蕾が膨らみ始めた頃、立海大の中等部では卒業式が執り行われた。 ほとんどの先輩方が中等部と校舎が隣り合う高等部に進学するし、部活の先輩方とは部の性質上海原祭以外で特に関わることがなかったけど、それでもどこか寂しさを覚えるのは、やはり一つの節目として用意された別れの所為かもしれない。 だけど恙無く式が終了した後、卒業生と在校生がそれぞれに別れを惜しむ様子を、わたしは何の感慨もなく眺めていた。 思うことが何もないのは、特別関わりがなかった人たちとの別れだからか、会おうという意思さえあればいつでも会える距離の別離だからか。それとも単に、わたしが薄情なだけか。 (有力なのは三番、かな……) そう思って自嘲した時、「!」耳慣れた声に名前を呼ばれた。 見れば丸井くんが駆け寄って来るところで、隣に立った彼はいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。 「よっ! こんなとこでどーした?」 「ううん、ただ一年って、こんなにあっという間に流れるんだなぁと思って」 以前はたった一日すら途方もない時間に感じていたのに、この一年はそれよりずっと、本当にあっという間だった。 「へぇ、良かったじゃん」 「良かった? ……どうして?」 「時間ってよ、楽しければ楽しい時ほどすぐ終わる感じがして、逆に嫌な時ほど長く感じんじゃん? つまりにとってこの一年間は、楽しかったってことだろぃ?」 わたしの言葉にきょとんとした後、にっと笑ってみせた丸井くんの言葉に、今度はわたしの方がきょとんとする番だった。 確かに丸井くんの言う通り、例えば丸井くんと過ごせたお昼休みの一時間はすぐに終わってしまう感じがしていたけど、それ以外、特に教室で過ごす休み時間は気が滅入るほど長い時間に感じられた。 それに今年一年間と去年一年間を比較すると、確かに今年一年間の方が断絶楽しかった。 それは絶対の確信を持って言える。 「……わたしがこの一年を楽しく過ごせたのは、丸井くんがいたからだよ」 「そぉか? 考え過ぎじゃね?」 「ううん、絶対にそう。丸井くんがいたから、“わたし”はここにいるの」 だから、ありがとう。丸井くんには、いくら感謝しても足りないよ。 そう告げて笑ったわたしに丸井くんは瞠目して、かと思えば目尻を下げて苦笑に近い微笑を浮かべた。バーカ、と言葉とは裏腹な色を乗せた言葉は、だけど優しくて。小突かれたおでこの柔らかい痛みに、零れたのは笑みだった。 「丸井。さん」 そう遠くないところには別れに涙する人がいる中、場違いにもほのぼのするわたしたちに、不意に声が掛けられた。 原因は休み時間の度に教室を離れるわたしにあるのだけど、随分久し振りに耳にする声だった。丸井くんと揃って振り返れば、そこには幸村くんの姿があった。 「幸村くん」 「久し振りだね、さん」 「ええ、お久し振りです」 しばらく見ない間に幸村くんは背が伸びたのか、以前より目線が近くなった気がする。丸井くんよりも高い。 失礼ながら少女を思わすその儚そうな外見に比べ、何だか意外な気がする。 「ところで丸井。そろそろ行かないと、俺たち全員お腹空いたままになるんだけど」 「えっ、もうそんな時間?」 「? 何かあるの?」 「テニス部は今日もこの後練習があるんだ。その前にファミレスにでも行って腹拵えしようって、数人で話しててね」 急に焦り出した丸井くんに首を傾げれば、答えてくれたのは幸村くんだった。 成る程。丸井くんの話から、この夏の全国制覇以来、テニス部は二連覇を目指してその練習量を増したと聞いてはいたけど、まさか今日みたいな行事の日にまで練習があるなんて。 練習の一環で、体力づくりのため重り入りのリストバンドを常に装着していることからも、熱心なことはわかっていたつもりだったけど。わたしが思っている以上に、みんな本当に、テニスに対して真剣なんだ。 だけど……。 「ふぁ、みれ、す……?」 「ファミリーレストランの略な。ってあんま街中行かねぇし、知らねぇだろ?」 「……どの道、わたしには無縁だよ」 「バカ、別にダチとかカップルとかでも行っていいんだって」 「……ファストフードみたいに?」 「おう、ファストフードよかメシらしいもんが食えるぜ。今度イチゴフェアの時にでも一緒行くか?」 外食なんて、丸井くんに連れられてほんの数回しかしたことがないわたしには、イチゴフェアというものが具体的にどんなものなのか全く想像できないけど、丸井くんが誘ってくれるからにはスイーツ関連なんだと思う。 これまで丸井くんに誘われて行ったお店はどれもハズレがなかったし、わたしは二つ返事で頷いた。 卒業式出席 001*091204
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