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試合は見事、丸井くんの勝利で幕を閉じた。 対戦相手との挨拶が済むなり、得意げな笑顔でピースして見せた丸井くんの表情は、テニスが本当に好きなんだとわかる充足感に満ちていて、わたしまで嬉しくなる。テニス知識皆無の状態で観戦していたことが悔やまれるくらいだ。 上級生らしいベンチの人と話し終え、首にタオルを掛けて駆け寄ってきた丸井くんを、わたしは笑顔で出迎えた。 「どーよ? 俺の天才的な妙技は」 「すごく素敵だったよ、見惚れちゃった!」 語彙に乏しいわたしの称賛に、丸井くんは勿体ないくらいの笑顔を返してくれた。 汗を拭うタオルに隠れた頬がほんのりと赤い。照れているみたいだ。 「ところでよ、試合したらまじ腹減ってさ。の差し入れもらっていい?」 「勿論。だってコレは、丸井くんのものでしょう?」 先程のことを引き合いに出すと、丸井くんはきょとんとして、かと思えば「おう!」と元気よく頷いた。 「んじゃ、飲み物買いに行くついでに移動しね? 確か自販機んとこにベンチ付きの東屋があったはず」 「丸井くんみーっけ!!」 「――― あ? どわっ!!?」 「丸井くん!?」 それは突然の出来事だった。 行きと同じように荷物を持ってくれようとした丸井くんの身体が、突如、大きく前のめりになった。幸いその反射神経で手を付き、転倒や観客席との衝突は回避した丸井くんだけど、その表情は苦悶に歪んでいる。 見れば丸井くんの背中には、綿菓子のようにふわふわした金髪の男の子が、半ば伸し掛かる形でへばり付いていた。どうやら然程体格が変わらない彼に、背後から飛び付かれたようだ。丁度中腰だったこともあって、さぞかし痛かったに違いない。 「丸井くんだ丸井くん!! すげー、まじすげー! さっきの試合まじすげかった!! 俺ちょーソンケーしたC!!」 「は、ちょっ! 誰だよお前!? つーか引っ付くな、離れろっ!!」 だがしかし、痛みに悶える丸井くんの事情に頓着していないのか気付いていないのか、男の子は第三者のわたしまで気圧されてしまうハイテンションで、早口に捲くし立てた。 耳元で大声を出される挙句、相変わらずおんぶ状態で伸し掛かられている丸井くんからすれば、堪ったものではない。 それを見ておろおろするしかない自分が、全く以て不甲斐なかった。 丸井くんが男の子を振り落とそうとすればするほど、丸井くんの首に回った男の子の腕が丸井くんの首を絞めている悪循環を、見ているしかできないなんて! 「俺、芥川慈郎っての! ねっ、丸井くんのこれちょーだい? もらってE?」 「っ、わかった! やる、やるから、離れろって!!」 「ホント!? やったー!!」 男の子は自分の腕を解こうとしていた丸井くんの腕からリストバンドを半ば強奪すると、ようやく丸井くんから離れた。ぴょんぴょん飛び回って喜びを表現する様は玩具売り場にいる子供そのものだ。だけどそんな微笑ましいはずの光景も、丸井くんが受けた仕打ちあってのものと考えると、それを目の前で目撃していただけに、素直に受け止めることができない。 一方、解放されるなり頽れるようにしゃがみ込んだ丸井くんに、わたしは慌てた。丸井くんは試合後以上の疲労感を背負って項垂れている。とても安否を問うなんて愚問を掛けられる状態ではない。 気休めにしかならないけど、わたしは励ますように、丸井くんの背中を擦った。 びくっと丸井くんの肩が跳ね、小さく「わりぃ」呟く声を聞こえた。 「おー、おったおった。いきなり走り出したから探したで、ジロー」 「あ、忍足!」 その時、関東では耳慣れない関西訛りの声と、その呼び掛けに反応する男の子の声が聞こえて、わたしは顔を上げた。 見れば丁度、男の子が丸井くんのリストバンドを誇らしげに掲げながら、同じユニフォームを着た丸眼鏡の男の子の許へ駆け寄るところだった。 「見て見て! これ丸井くんにもらったんだCでしょ?」 「おー、そらよかったなー。ほな、はよ跡部のとこ行くで」 丸眼鏡の彼は金髪の彼と同じ学校なだけあって、その圧倒されるほどのテンションの高さに慣れているのだろう。明らかに手馴れた様子で受け流しながら、その瞳をふとこちらへ向けた彼は、そして瞠目する。 それは最近になってようやく、慣れたくもないのに慣れてきた、あまりに不躾な視線だった。 学校はもとより外出先に行ってまで注がれるこの手の視線はあまりに手痛く、わたしは常に居心地の悪い思いをしてきた。学校では周囲に遠巻きにされ何故か嫌われているし、初対面の人にまで一目で嫌われるのは、いくらなんでも傷付く。 わたしはその視線から逃げるように顔を伏せ、更に日傘を傾けて顔を隠した。急に縮こまったわたしを訝しげに呼ぶ丸井くんの声に反応する余裕は、ない。 すると、丸井くんが立ち上がったのが気配でわかった。 「お前そいつ、芥川のこと迎えに来たんだろ? ならさ、そいつ連れて早く行ってくんね?」 「……お、おお。すまんな、ジローが迷惑掛けて」 「別にもういーよ」 「じゃーね、丸井くん!! 今度試合しよーね! 絶対だC!!」 「わかった、わかったから人の名前をンな大声で言うな!」 更に目を閉じていたわたしには音で判断するしかなかったけど、男の子二人はどうやら立ち去ったらしい。 、また丸井くんに呼び掛けられて、今度は反応することができた。そっと日傘を上げると、しゃがむ丸井くんの足がまず最初に見えて、更に傘を上げて行くと気遣わしげな表情の丸井くんと、目が合う。 「大丈夫か?」 「…………あ、うん。ごめんなさい……」 「バカ、何でが謝んだよ」 そう言われるとどう返せばいいのかわからなくて、わたしは曖昧に笑って誤魔化した。 一個人に留まらないわたしの嫌われ振りを、同じ学校に通っている丸井くんが知らないはずはないのだから、今更隠すことではないのかもしれないけど。それを自分からわざわざ口にするのは憚られた。 今度こそ荷物を持ち、「行こうぜ、まじ腹減った」と笑った丸井くんしか、わたしには友達がいないから。 隣に並んでそっと握った手を、驚かれはしたものの拒絶されなかったことに、わたしは心の中で密かにほっとした。 新人戦観戦 002*091109
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