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暦の上では秋になるとはいえ、まだまだ暑さが残り、陽射しが強い九月。 地図を頼りにどうにかたどり着いた目的地であるテニスコートで、わたしは思わぬ人の多さに眩暈を覚えた。休日とあって駅前も人が多かったけど、その人ごみが常に流れている駅前とは違いここは人が移動せずに留まっているから、駅前よりも密度が高く感じられる。人ごみが苦手なわたしには、今すぐにでも逃げ出したくなる光景だ。 だけど到着してすぐ、目的を果たさずに帰る訳にはいかない。 通行の邪魔にならない端に寄り、わたしは鞄から携帯電話を取り出した。 メールの新規作成画面を開き、簡潔にテニスコートに着いたことだけを打ち込んで、送信する。 「!」 それから五分と経たずに耳慣れた声に名前を呼ばれて、わたしは日傘を傾けて広げた視界を巡らせた。 そして色とりどりのユニフォームの中に、見覚えのある芥子色のユニフォームを見つける。 「丸井くん!」 「わりぃ! 待たせたか?」 「ううん、大丈夫だよ。わざわざ迎えに来てくれて、ありがとう。丸井くんこそ抜けてきて大丈夫だった?」 「これから俺たちが使うコートの前の試合が長引いてんだ。少しくらいヘーキだって」 そう言う丸井くんは、わたしが送ったメールを見て急いで来てくれたのか、髪がボサボサになっていた。指摘すると、丸井くんは夏休み明けには真っ赤に染められていた髪色に負けないくらい顔を赤くして、慌てて手櫛を入れる。 その様子がなんだか可愛らしくて思わず笑ってしまうと、丸井くんはますます赤くなり、唇を尖らせた。 「ご、ごめんなさい。怒った?」 「……いや、別に。それよか、の荷物デカ過ぎじゃね?」 それ、と丸井くんが指差したのは、お財布や携帯電話が入っているのとは別の大きな鞄だった。確かにテニスの観戦に来たにしては大きな荷物だと、わたし自身思う。 いや、鞄が二つある時点で、既におかしいとは思うけど。 「ああ、これは丸井くんに差し入れでもと思って ―――」 「まじで!?」 「う、うん……」 言葉の途中で食い付いてきた丸井くんに驚いたのと気圧されたのとで、わたしは仰け反った。すると丸井くんもはっとして、慌てて身を引いてくれた。小さな声で謝罪するバツの悪そうな横顔は、うっすらとだけど頬が赤い。 嗚呼、確か以前にもこういうことがあった。思い出して少し微笑ましい気持ちになる。 だけど差し入れに対してここまで反応してくれるなんて、迷惑かもしれないなんて思いながらも頑張った甲斐があった。 「ところで、そろそろ向かった方がよくないかな? 時間は大丈夫?」 「え? あ、そーだな」 携帯で時間を確認した丸井くんは頷き、歩き出すのかと思えば、こちらに向かい手を差し出してきた。 意味がわからなくて首を傾げるわたしに、丸井くんは掌を上に向けた指先を揺らす。 「荷物、俺が持つから寄越せ」 「え? い、いいよ! 丸井くんはこれから試合なんだから、余計な体力を使わせる訳には」 「鞄の一つや二つ持っただけで疲れるとか、どんだけヤワだよ。が俺に作ってきてくれたモンってことは、イコール俺のモンだ。ってことは、俺の荷物は俺が持つのが当然だろぃ?」 無理矢理な感じがしないでもない論法を語られるけど、それでも渋るわたしから、丸井くんは最終的に奪うように鞄を取り上げた。取り返そうと慌てて手を伸ばしたけど、逆にその手を掴まれ、丸井くんはわたしに有無を言わさず歩き出す。 一瞬足が縺れたけど、掴まれた手を引っ張られて、どうにか転倒は免れる。 すぐに謝ってきた丸井くんに平気だと答え、結局わたしは鞄を取り返せないまま丸井くんに連れられて、これから丸井くんが試合を行うというコートを目指すことになった。 そうして到着したコートには、丸井くんと同じ芥子色のユニフォームを着た人たちが集まっていた。 観戦者より選手の方が多い試合会場は当然ながらユニフォームの人が多く、私服姿のわたしはその中だと悪目立ちをしている気がして、わたしは日傘を下に傾けて顔を隠した。 「おい、ブン太!」 「ん? おー、ジャッカルじゃん」 「ジャッカルじゃん、じゃねーよ! この後すぐ試合だってのに、一体どこに……ん? 誰だ、知り合いか?」 「おう、入口まで迎えに行ってたんだよぃ」 その中で一人、丸井くんに駆け寄ってきた誰かの関心がわたしに向いたのがわかり、わたしは傘を少し上に傾けた。 丸井くんと同じジャージを着た色黒、というより黒人のそれと思われる褐色の肌で坊主頭の男の子と目が合う。だけどすぐに逸らした。丸井くんが口にしていた名前から考えて、彼が丸井くんの話に頻繁に登場するジャッカル桑原くんだろう。 訝しげだった表情から驚愕に変わった桑原くんに、わたしは会釈した。 「わたしが手間を取らせたので、丸井くんのことはどうか許してあげてください」 「――― え、ああ、お、おう……」 「丸井くんもごめんね、迷惑掛けてちゃって」 「バーカ、今日誘ったのは俺なんだから、が気にすることじゃねぇよ」 笑った丸井くんに更に手を引かれ、わたしはコートを真横から見る観客席に座るように促された。 腰を下ろすとその隣に荷物が降ろされ、繋いでいた手が離れる。 「いいか、そこで俺の天才的な妙技をじっくり見とけよ? 差し入れは試合終わったらもらいに来るからな、OK?」 「OK、了解しました」 「ヨシ! んじゃ行こうぜ、ジャッカル!」 「あ、おい! 待てブン太!」 先に駆け出した丸井くんの後を、桑原くんはわたしに一度会釈してから追った。こんなわたしに対してまで礼儀正しい人だ。何だか好奇心いっぱいの子供とそれに振り回される父親、といった感じに見える光景だった。 丸井くんが語るテニス部の話で、桑原くんの名前が一番多く出ることから考えて、二人は仲がいいのだろう。 二人の後ろ姿を見送ったわたしはそれからしばらく、日傘で陽射しと周囲の視線を遮り、試合の開始を待った。 新人戦観戦 001*091109
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