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** 柳生比呂士 私がさんの隣の席になったのは、およそ一ヶ月前にくじ引き形式で行われた席替えの結果によるものでした。 女性からくじを引かれていたので、自分の結果を見た時、私は本当に驚きました。 こう言ってはさんに失礼ですが、私は彼女が苦手でした。ですがそれは私に限らず、恐らく周囲のほとんどが、似たような思いを抱いていたと思います。 さんは精巧に作られた人形のような人でした。息を呑むほど美しい顔立ちは常に無表情で、それに加え周囲を拒絶している雰囲気があったのです。彼女が存在しているというだけで圧倒される我々は、それにより彼女を遠巻きにするしかなく、私は彼女を苦手と思うようになりました。 そんなさんとの日直当番が回って来た時は、やはりさんには失礼ですが、正直憂鬱になりました。 さんは授業時間以外は常に教室にいらっしゃいませんし、今日一日、日直の仕事は一体どうなってしまうのか。考えれば憂鬱にもなります。 ですがそれは、テニス部の朝練を終えて急いで日誌を取りに向かった職員室で、すぐに打ち消されました。 「日誌? それならがとっくに持ってったぞ」 担任の先生が仰った言葉は、この時の私には衝撃以外の何物でもありませんでした。ですが、朝職員室まで日誌を取りに来るのは日直として当然の仕事です。 しかし憂鬱になることは一つもなかったのだと、私が本当に気付いたのは、いつもなら休み時間になるなり教室を出て行くさんが、今日は一度も、お昼休みでさえもそうしなかったからでした。 席に座り常に下を向いたままではありましたが、さんは日直の仕事をきちんとこなそうとして下さっていたのです。 途端に、私は自分が恥ずかしくなりました。 立海大に入学し、このクラスになってからのことを思い返せば、さんは他人を拒絶している雰囲気こそはあるものの、話し掛けて来た相手を邪険にしたことは一度もありませんでした。先日、お昼休みに突然やって来た幸村くんへの対応がいい例です。 無表情と淡々とした口調ばかりが際立ってわかり難くはありますが、今朝の私の挨拶にきちんと返事をしてくださったことや、気を遣う私を逆に気遣い、早く部活に向かわせようとしてくださった態度から、さんの優しさが伝わって来ました。 そして「また明日」と私が告げると瞠目されたさんの、初めてみる無表情以外の表情に、私は決めました。 「おはようございます、さん」 これからは毎日欠かさず、さんに朝と別れの挨拶をすることを。 日直 002*091111
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