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 ここ四天宝寺中学には、学内にその名が轟く有名人が複数いる。
 特に有名なのが学外にまで西の雄と誉れ高い男子テニス部そのものであり、独自の校風から有名人と個性派がイコールで結ばれる暗黙の了解の中、彼らをまとめ上げる部長にして眉目秀麗な校内一のモテ男である白石蔵ノ介は、有名も有名な有名人だった。
 しかし彼らを良い意味で有名とするなら、一方では悪い意味で有名な人物もまた、校内には存在していた。

 その生徒の名前は。鉄仮面と渾名される彼女は能面のような顔 ――― この場合、無表情であること。顔立ちが端麗である様。両方の意味を指す ――― を標準装備にし、笑いに熱心な四天宝寺生の間では最後の関門と呼ばれる存在である。
 しかし己の力量を試すべく彼女に挑む場合は ――― 否、無愛想が服を着て歩いているような彼女と事務的な用事以外で関わる場合は、常にそれなりの覚悟を有して臨まなければならない。
 さもなくば氷よりも冷たいと言われる冷ややかな視線と嘲笑、更には最大級の皮肉によって、主に精神的な傷を負うこと必至である。

 故に、彼女は悪い意味で非常に有名だった。
 彼女の操る耳慣れない標準語が、大阪の人間にはより無情に聞こえるからでもあるのだろう。


 そんな彼女は部活動の時間である放課後の今現在、何故かテニスコートにいた。
 無表情であるが故に多くを語る瞳は自分をこの場所へ攫うように連れて来た男 ――― 白石蔵ノ介を射殺さんばかりに睨み付けており、他のテニス部員や旺盛な好奇心から野次馬しに集まった生徒たちは、その鬼気迫る殺気に息を呑んで見守る他ない。
 けれども標的となっている白石は、心臓に毛どころか剛毛が生えて図太いのか鈍いのか、悪びれた様子もなくの殺気を受け止めている。

「そんな怖い顔せんといてや、さん。折角の別嬪さんが台無しやで」
「だとしたら全部アンタの所為だわ。人より多少恵まれてるからっていい気になってんじゃないわよ。私の都合も何も無視してこんなところに連れて来て、部員に出入口塞がせて退路を断った挙句に晒し者にして、アンタ何様なワケ? 単なる中三のガキであるアンタ如きに、他人様の人権を侵害する権利があると思ってんの?」

 ほら早速。悪びれてはいなくとも、止む気配のない殺気に困ったように笑う白石に、の容赦ない皮肉が飛ぶ。
 今のは嘲笑より怒りが勝っているため普段よりずっとキツい言い様になっているが、指摘する内容はどれも正論だ。とは言え、いい気になっているつもりなどは、白石には微塵もないけれど。

「せやな、さんの言う通りや。つい気が急いてもうて、俺としたことが順番間違うとったわ。いきなり連れて来てしもて、ほんまにすまんかった」

 だから白石はの言葉を素直に受け止め、頭を下げた。
 そんな白石の対応は、主に阿呆なネタを見せに来る人間を相手にしては一刀両断で切り捨ててきたにとって、不測にして異例の事態だった。思わず毒気を抜かれてしまう。
 また皮肉に対して誠実を返されてしまっては、更に皮肉を重ねる訳にもいかず。は消化不良となった言葉をため息に乗せて吐き出した。

「……わかってくれたのなら別にいいわ。じゃあ、私は帰らせてもらうから」
「ああっ! ちょっ、待ってやさん!!」
「……。……何?」

 そして話が済んだならもう用はないと、はコートを囲うフェンスと外を繋ぐ唯一出入口へ向かうべく踵を返した。
 けれど反省を生かしてか、実力行使ではなく言葉で自分を引き止めようと必死になる白石の実直さを、従う義理はなくともには無碍にできず。
 立ち止まって振り返り、用件を促せば周囲からは驚愕の声が上がったが、鉄仮面と呼ばれる無愛想なの性格は決して冷酷なものではない。そうでもなければ、自分に芸を見せに来る者たちにわざわざ付き合うことはなかろう。

「強引に連れて来ときながら図々しいんはわかっとるけど、実はさんにお願いがあんねん」
「……内容は」
「あんな、さんが迷惑でなければでええんやけど、俺らとテニスして欲しいねん」
「――― はあ? ……何を馬鹿なこと言って」
「三年前の夏」

 しかし白石が口にしたお願いはの予想の範疇を超えており、鼻で一笑するの言葉を、けれども第三者の声が遮った。
 声の主を振り返ると、浪速のニュートンと呼ばれる金色小春が眼鏡を光らせていた。は目を眇める。

「アタシらが小六の夏のJr.大会女子の部。全試合一ポイントも落とさず、圧倒的な実力差で優勝を果たすも、その後テニス界から行方を眩ませてしもた幻にして伝説の存在、。これって、さんのことやろ?」
「……だったら何? そんな過去とアンタたちと試合することに、繋がりなんてないでしょ」
「いいや、あるで。――― テニスや。俺らはテニスが好きなテニス部員で、さんは伝説と言われるまでのテニスの実力者。テニス好きなら、一度はお手合わせしてみたいやん」

 白石の言い分に、は気が急いてしまったと言っていた白石の先の言葉に、図らずも納得してしまった。
 テニス好き ――― 否、テニス馬鹿な連中とは、得てしてそういうものであることを、すっかり失念していた。

 は周囲を見回した。
 先程まで剣呑とした空気に固唾を呑んで見守り、の対応に驚愕を見せたかと思えば、明かされた過去に今度は好奇心を盛り返して興味津々な野次馬たち。言葉こそないものの、彼らから伝わる空気が白石の誘いに乗って試合をしろと囃し立てている。
 故に今ここで手合わせを断っても、それっきりで終わる話ではないことは明白だった。

 はため息を一つ落とすと、履いていたローファーを脱いだ。コートはよく手入れされているため、靴下一枚になっても足の裏が痛くなることはない。
 そして手近なところにいた部員にラケットを借りると、コート内に立つ。

「何してるの、試合するんでしょ。ならさっさとして」
「――― お、おうっ! おおきに、さん!」
「御礼なんて要らないわ。だけど覚悟しなさい」

 弾かれたように満面の笑みを浮かべた白石がネットを挟んだ向かいのコートに入ると、は借り物のラケットを白石に向けて突き付け、嗤う。
 それは無表情が標準装備であるが初めて見せた変化であり、壮絶なまでに不敵で、妖艶な笑みだった。

「好奇心だけで私に挑んだこと、精々後悔させてあげるわ」



を隠してを剥く



「な、何やねん、アレ……在り得、へん、やろ……」
「全くっすわ、はっ……っ、ほんまにあの人、人間すか? 絶対に、……チートやん」

 現状を表すなら正に死屍累々。
 当事者と目撃者たちの心情を表すなら正に戦々恐々。

 全国区の実力を有したレギュラーたちが皆ことごとく息を切らせて地面に転がっている中、は呼吸一つ乱すことなく悠然と、コート内に君臨していた。
 その状況からわかる通り、試合は全ての勝利に終わっている。伝説と同じく一ポイントすら落とさない、圧倒的な完全試合だった。

「終わりね。じゃあ、今度こそ私は帰らせてもらうから」
「――― アカン! ワイもう我慢できひん!!」

 けれど自分たちレギュラーにはもう一人、の実力に呑まれてすっかり失念していた存在がいたことを、彼らはその声によって思い出した。
 遠山金太郎。小さい身体ながら無尽蔵の体力を有し、彼らの中の誰よりも強い彼なら、或いは。
 だが強い相手には見境なく試合を申し込むあの金太郎が、どうして今まで大人しくしていたのか。我慢とは一体何のことか。そんな疑問の答はすぐに知れた。

! ワイと勝負やっ!!」
「いやよ、アンタ一度始めたらしつこいんだもの。週末はいつも相手してあげてるんだから、そのまま我慢してなさい」
「いーやーやっ!! 白石たちだけと試合してずるい! ワイもと試合したい!」
「五月蝿い。あんまり我が侭言うと、もう二度と相手してあげないわよ」
「うぐっ……! い、いやや! と試合できひんようになるんはいやや!! ワイ我慢するで、せやから、週末でもええからとまた試合したい!!」
「わかればよろしい。じゃあ、また週末にね」
「おうっ! 次は絶対に、から一ゲーム取ったるからな!!」

 借りたラケットを持ち主に返し、靴下の裏を払ってローファーを履いたは今度こそフェンスの外に出た。
 まるでモーセの十戒のように野次馬が脇に避けてできた道を歩いて立ち去るその背中に、金太郎との会話を耳にした者たちは誰もが思う。

 彼女には誰も敵わない、と。


110309



四天宝寺オールで、テニスの出来るヒロインと試合か練習する話。
大変長らくお待たせした癖に、オールになりませんでした。その上テニスをしている描写なし……。
主人公の設定としては、所謂最強。しかし天才的な才能を有している一方で、天才によくあると言われる人間性の欠落によって、無表情が常になっている子です。
初めて出場した大会で自分と周囲の実力差を知り、順位付けされることへの意義を見出せずに以来公式の場に出ることはなくなるも、テニス自体は続けていて、金太郎の師匠みたいになってました。そんな話です。
それでは椿さま、リクエストありがとうございました!