結局、委員長が見せたあの笑みの意味がその後判明することはなかった。
 まあ考えてもわからんかったし、本人に訊こうにもいろいろタイミングが悪くて声を掛けられんしで、どうでもよくなったっちゅーのが正しいところじゃがの。
 それにあの日は週末で、土日を挟んだ後でわざわざ掘り返して訊く気にならんかったっちゅーのもある。

 で、その週明けの月曜日。
 いつも必要最低限のことしか言わん担任のSHR終了間際に、委員長が突然手を挙げた。

「先生ー、席替えしませんかー?」
「……おいおい、随分唐突だな」
「だって新学期の最初に一回したきりだし、みんなも席替えしたいよねー?」

 賛同を求める委員長の言葉にすぐさま女子たちが同意する。反応のよさからして恐らく示し合わせとったんじゃろ。
 一方で話題についてけとらん男子の方は戸惑いが目についたが、クラスのムードメーカー的立ち位置におる丸井がノリよく賛成したことで、一気に騒がしくなる。
 一部どうでも良さそうな奴と、今の席のままがええんか嫌そうな顔しとる奴もおったが、クラスの九割方が席替えに好意的じゃ。

 こうなると担任も無碍にはできんで、ため息交じりながら了承の返事をする。
 お陰でまた一段と、教室内が騒がしくなった。

 ――― なんて冷静に言うとるが、実は俺も内心ではかなりテンションが上がっとる。
 いくら何でも対角の席は遠過ぎるけぇ。さんの隣になりたいとか贅沢は言わんし、そもそも心臓が持ちそうにないから遠慮するが、せめて次はもう少し近場の席になりたいのが本音じゃ。
 理想を言えば、黒板を見た時にさんの姿が視界に入る斜め後ろの席を熱望するナリ。

「まあ席替えをするにしても何の準備もしてねぇから、休み時間中に自分たちでクジ作って今日の放課後にでも」
「あ、それならもう用意してあるんでご心配なくー」
「……用意周到じゃねぇか」
「それほどでもー!」

 感心するよりも呆れちょる担任の言葉に、委員長はわざとらしいくらい満面の笑みで礼を言って、二つの巾着とペンを一本持って教壇に上がった。
 曰く、クジは男女別に用意してあって、廊下側の座席から順に振られた番号と一致するクジの番号が新しい席になるらしい。つまり同じ番号を引いた男女が隣の席になるっちゅーことじゃな。
 因みに不正防止とお楽しみのために、クジは引いたら開かずに名前を書いて即回収。全員が引き終わってから開示して、問題があれば個々で交渉しんしゃいじゃと。

 ちぃと手間ではあるが、然程珍しくないやり方じゃな。
 取り敢えず、俺が狙うのはさんの姿が視界に入る斜め後ろ。それは揺らがん。

 そしてクジは廊下側の列から引くことになって、早速俺の番が回ってくる。

「あ、仁王はコレね」
「――― は?」

 じゃけぇ、手を突っ込もうとした巾着が直前で遠ざけられて、代わりに右手を突っ込んだ委員長が引いたクジを目の前に突き付けられる。
 かと思えば、そのままペンで『仁王』と名前を書かれてしもうて、然しもの俺も言葉を失った。

「ちょ、おまっ」
「はいはい、後が詰まってるんでさっさと席にお戻りくださーい。次、二列目どうぞー!」

 我に返ってすぐさま抗議しようとした俺を軽い態度でなして、委員長は何事もなかったかのようにクジ引きを進める。
 こうなると自分の席に戻るしかない俺は渋々と踵を返した。
 去り際には思いっ切り委員長を睨んどいた。勿論誰にもバレんように。こんな女でも、実はさんの親友じゃからな。何かの拍子に、間接的にでも、自分の親友を俺が睨んでたなんてさんに知られたら厄介じゃ。

 ちゅーかそんなん知られて印象最悪になったら、地面にめり込む勢いで凹んで再起不能になる。絶対に。

 それからしばらくするとさんの番が回ってきて、クジを引きに立つその姿に束の間の幸福を噛み締める。
 と、クジを引こうとしたさんは途中で動きを止め、委員長と二三言葉を交わすと呆れたように苦笑して手を引っ込めた。入れ替わるように委員長が巾着の中に左手を突っ込んで、さっき俺にしたみたいに、さんの代わりにクジを引く。

 ……。そんな共通性に喜びを見出しちょる俺って、単純な上に重症じゃろ……。

 自分の思考回路に恥ずかしさを覚えながらも、今はさんの姿を見つめられる貴重な一時じゃ。
 この片想いがバレんようにそれとなくさんの姿を目で追って、自席に着いて見えなくなるまで見届ける。

「それじゃあ早速開示しまーす! まずは一番っ!」

 全員がクジを引き終え、勿体振る委員長の言い回しに、教室内は静まり返ったり、判明した結果に一喜一憂して騒がしくなったりを繰り返す。
 一列目と二列目、三列目と四列目の席がそれぞれ発表され終えても、俺の名前はまだ呼ばれんかった。さんもじゃ。
 この展開にまさかともしかしたらの期待が沸き起こり、胸が高鳴る。

 そして最後の五列目と六列目。

「で、ラストの特等席は男子が仁王。女子はになりまーす」

 高らかに告げた委員長が得意のポーカーフェイスを忘れて驚く俺を見て、ニヤリと悪どく不敵に笑う。
 その瞬間、俺は全身の血が沸騰するような羞恥に襲われて、両腕を盾に机に突っ伏した。

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