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 は世襲制が基本であるが、同時に実力社会でもあった。
 一族の頭領は誰もが認める実力を有している必要がある。だが時には実力が地位には伴わない後継者もいる。そんな時、不出来な頭領を凌ぐ者が新たな頭領となり、その血が世襲されることとなるのだ。――― 弱い者は必要ない。
 世襲ではなく実力で頭領が交代するとき、弱き頭領は新たな頭領によって討たれる。
 弱ければ死ぬ。それは戦場に限らず、一族の掟であった。親から子へ継がれるときもまた、子は親を越えて頭領となる。だからこそ一族の力は時代を経るごとに強くなる。
 頭領になると言うことは上に立つと言うこと。それは始まりの『壱』を名乗る権利を与えられると言うことだった。
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 一族に安息の地はない。その性質上敵が多い彼らは常に場所を流れて移動し続け、一箇所に留まることはない。同時にそれは気を抜くときがないことを意味し、だがそれが彼らには当たり前のことであった。
 だから少年にとって、その時間はまさに奇跡的なものであった。
 度重なる戦の今にできた、ほんのわずかなゆとりの時間。思えばそれが、少年の後の人生を変える大きなきっかけであった。
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 少女は一人、一族が一時的に設けた陣営の片隅で、膝を抱えて地面に座り込んでいた。
 偶然にもその姿を目撃した少年は、周囲に一族の人間が誰もいない状況をまず怪訝に思った。今や一族の名を掠れさせるほどその存在が浸透している少女は、一族にとっていうなれば『商売道具』であった。それを一人の見張りもつけずに放置するなど、無用心としか言いようがない。逃げられでもしたら、或いは不逞の輩が奪うか殺そうとでもしたらどうするつもりなのだろう。
 しかし少女が逃げようが奪われようが、殺されようが。少年にはどうでもいい話だった。

 少年は少女の存在を快く思っていなかった。

 少女が戦場に立つようになったのは少年よりわずかに先だったと聞くが、そんな日の浅い存在に付けられたふざけた称号に、今や一族の名は負けているのだ。人間たちの間でも天人たちの間でも囁かれているのは、かつて数多の戦場を震撼させた『』の名ではなく、ぽっと出にしか過ぎない『死屍姫』の名なのである。
 何より少女が活躍するようになってからというもの、父をはじめとする一族の者たちの様子が変わり始めていることに、少年は気付いていた。少女が活躍しその名が広まるほど、一族の元には次々と仕事と金が舞い込み、人としての欲を殺し徒人ただびとであることを禁じられているはずの彼らが、人間臭い欲を見せはじめるようになったのだ。

 少女の存在は近い将来、一族を破滅に導く。少年にはそう思えて仕方なかった。

 いくら仕事が増えても、少女に頼りきりである現状のままでは一族の力は衰えるだろう。
 仕事が増えれば舞い込む金も増え、そうすれば今の一族の状態では、更に欲を覚えることになる。
 欲を覚えた忍は忍でも、徒人でもない。単なる役立たずにしかならず、切り捨てるしかない。それが掟だ。しかもこのままいけばそれが一人や二人で済まないことが、事態を懸念している少年には難なく想像できた。

(――― 切り捨てるなら、早い方がいい)

 自分が『壱』を継ぐ時までは待てない。それでは取り返しがつかなくなるだろう。
 だが父に進言したところで、現状では少年の言葉が届くとは思えなかった。ならば討ち取るしかないが、悔しいことに少年は自身と少女の実力差を弁えていた。たとえ不意を突いたとしても自分ではあの少女に敵わない。先日見た人物と同一と疑いたくなるくらい隙だらけの姿はしかし、一度ひとたび殺気を感じれば目にも留まらぬ速さでその獲物を振るうのだろう。
 ならば一族から解放するのはどうかと考えたが、それでは余所の手に渡る心配があった。八方塞だ。

 扱い難い。それが少年の、少女に対する新たな見解だった。
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 ふと持ち上がった顔が、視線が追うのは、ひらひらと羽ばたく一羽の蝶だった。
 花など一輪も咲いていない枯れ野で、蝶は甘い蜜を求めて舞う。

 それを見つめる少女の口許はほんの少し、本当に少しだけだが、確かに上を向いていた。
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――― リィン

――― リィン


 少女が舞うように太刀を振るうたび、その清らかな鈴の音は戦場に響いた。
 少女に与えられた称号を当代の壱が面白がって授けた、鈴の音だった。

 そして今日もまた、自らが切り捨てた死屍の中で、姫は鈴の音を響かせて舞う。

 死屍たちを冥界へ送るための、皮肉の舞を。
20090525