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 絶ゆることなく粉塵が舞い、血と火薬の匂いが常に漂う。
 つい昨日、隣で笑っていた人間が今日には消えている。そんなことが日常的に起こる、生と死とが隣り合わせの場所。

 ここが彼らの生きる世界。

 ここで生きることのみを許され、ここでの生き方しか知らず、教えられない。
 戦場こそが生き場所で、そして戦場こそが死に場所。

 時に無様に、時に美しく ――― それは戦場に咲く一輪の花だった。
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「俺が初めてに会ったのは、十歳になったその日だった。正確には遠目に見ただけだがな」

 ここではないどこかを見つめる壱の目は懐かしげに過去を思いながらも、どこか苦しげだった。ほとんど氷が解けてしまっている氷嚢を弄る指が彼の落ち着かない心情を物語っている。

「初めてを見たとき、俺は背筋が震えたよ。十年が経った今でもあの時のことは忘れられない」

 その瞳に神妙な顔の銀時を映し、壱は力なく笑う。
 切ない自嘲だった。


「攘夷戦争については、勿論知ってるよな?」
「……ああ」

 壱のくだらない質問に、銀時は怪訝になる。
 人のことを先程、今は知る者が少ないであろう過去の称号で呼びながら、今更な確認だった。それにしても突然話題が変わったが、この質問が壱の言う「面白くもなんともねー昔話」とやらにどう関係するというのだろう。

(まさか ―――)
「あの時さ、実は俺たちもいたんだ。あの戦場に」
「俺『たち』ってことは、ちゃんも……?」
「アイツは俺より先に戦場にいたよ」

 壱の告白に銀時は瞠目した。
 しかしそれならば、以前桂も指摘した気配も足音もないの存在感や、先程銀時に突き付けた真剣の扱いに慣れていた理由に、納得できるものがあった。だがそれでも、解決されない点は多くある。

「俺たちが戦場にいたのは、攘夷戦争中期からその後半にかけてだ。アンタらと入れ替わりで戦線から遠ざかった」
「ちょ、ちょっと待て! だったらお前らはまだ十歳かそこそこのガキじゃ ―――」

 はっと、銀時はあることに気が付き、息を呑んだ。

 先程壱は、と初めて会ったのが十歳の誕生日だったと言った。
 十年前だと言うそれはまさに彼らが戦場にいたという時期と重なり、そして銀時が当時仲間内の噂で聞いた、『幻』とも『伝説』ともいわれたある存在が突如その姿を消した時期でもあった。

 その存在はかつて『白夜叉』と呼ばれ、敵はもとより仲間たちからも畏怖された銀時と同じく、天人からも人間からも畏怖された恐怖の象徴だったという。正体を知る者はおらず、姿を見た者で生きて帰った者はただ一人としていないと。
 だがそれは確かに存在し、こう呼ばれていたという。


「『死屍姫ししひめ』」

 そう、壱は静かに告げて嗤う。
 まるで銀時の心を読んだかのようなタイミングだった。
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 一族の流れがどこに起源するものであるか、詳しいことはわからない。
 元はお庭番衆にいたという説が有力とされているが、その真偽は定かでなかった。

 そして同時に、一族がいつから、戦場を渡り歩く『戦争屋』を生業としてきたのかもわからない。
 報酬次第で敵にも味方にもなる一族は当然ながら周囲からのやっかみが多く、彼らを討つための策略が張り巡らされたことは一度や二度などではなかった。だが戦闘力はもとより情報収集力に優れる一族が窮地に立ったことは、かつて一度としてない。

 だからこそ、彼らの一族は戦場で恐れられた。
 だが同時に、一騎当千の戦いを見せる彼らは戦場で重宝もされた。

 それは攘夷戦争においても変わらない。
 金さえ詰まれれば敵にも味方にもなる一族は時に人間側、時に天人側に付き、恐れられた。

 そしてやがて彼らの存在はある時から、人間と天人と双方に、更に忌まれることとなった。
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 漂う死臭に少年はほんの少し眉を顰めて視線を巡らせた。
 周囲のあちらこちらに転がる骸はそのほとんどが天人のものであったが、中には天人を一撃で仕留めたものと同じ創傷を負った人間の姿もあった。その切り口から見て天人を殺したのも人間を殺したのも同一人物であることは一目瞭然で、そしてその実力が並ではないこともまた、一目瞭然であった。

 本日齢十を数え、ついに戦場へ立つ実力を認められた少年は、この地獄絵図を生んだ人物に尊敬を抱くと同時に畏怖を覚えた。
 周囲から百年に一度の逸材と呼ばれ期待される自分より、この人物の方が明らかに実力は上だ。逸材と呼ばれる自分が嫉妬を覚える隙もないほど、遥かに高みにいると。



 はっと、少年は振り返る。立っていたのは忍装束を身に纏い、覆面で目許以外の顔面を覆い隠す実の父親だった。
 父は何も言わずにすっとある方向を指差した。少年は促されるまま振り返る。

 ――― 血飛沫が見えた。

 少年は息を呑んだ。その性質から常人を凌駕する視力が捉えたのは、今まさに倒れる天人の血飛沫を避けることなく全身に浴び、まるで舞っているかのように太刀を振るう一人の少女だった。
 赤黒い斑模様の着物や髪から滴る血を気に止めることなく、少女は的確に急所を捉え、立ちはだかるものをすべて一撃で斬り捨てていく。その顔は能面そのもので、瞳には一切の光がない。――― 故に恐ろしかった。


「父上、あの娘は……?」
「赤子の頃に戦場で私が拾った。私が持てるすべての技術を注ぎ込んで作り上げた、言うなれば『兵器』だ」
「兵器? ですがあの娘は人間です」

 少年の声には動揺が滲んでいた。
 技術はもとより感情のコントロールにも長けている少年が見せた初めてともいえるその起伏に、父は嗤った。

「あれは人の形をしているだけに過ぎぬ。『壱』の言葉にのみ従うよう作り上げたのだ」

 父の言葉に少年はぞっとした。これまで尊敬の対象だった父を初めて恐ろしいと感じたのだ。
 見れば少女は自分とそう年が変わらない。赤子の頃に拾ったという彼女の存在を少年は今初めて知ったが、我が子と同じ年頃の娘をこの人は『兵器』として、それも『作り上げた』と言うのだ。
 そんな忍としての非情さを、しかし少年はいずれその後を受け継ぐ身として、敬うより恐ろしく思った。
20090519