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緊迫した映像は、現状をブラウン管越しに見る人々にも、現場の悲惨さをリアルに伝えるものだった。えいりあんの成長と共に寄生された船は小規模の爆発を起こし、その船が突き刺さった壁からターミナル自体に広がる侵食に、辛うじて船から脱出した乗客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。煙が視界を悪くし、侵食から逃げながらそれでも現状を伝えるべく回り続けるカメラの映像は激しく揺れた。 電気屋の店先にディスプレイされたテレビはすべてが同じチャンネルを映し、行き交う人は皆足を止めてその映像を食い入るように見つめていた。爆発が起こるたび目に見えて膨れ上がるえいりあんの成長は留まることを知らない。 その様子を、『彼』もまた人集りの一部となって見ていた。 少し前に映った桃色の髪の少女に見覚えがあって思わず足が止まり、次いで映った白髪の男に確信をした後、納得が済んでもう用はないはずなのに、今も動けずにいるのだ。その理由を『彼』は理解し、しかし無駄だとわかっている。 彼の言葉のすべてを『命令』としか考えない彼女は彼に従順だった。 『命令』と思うことを止めて欲しいという言葉すら彼女には『命令』となり、それを悔しく思いながらも便乗して『彼』が彼女に与えたのは、忠告という名の『命令』だった。そして彼女はそれを固く守っている。 だからいつまでもここにいたって、何もかもが無駄なのだ。前二人のように、彼女は現れない。 それでも『彼』の足が動かないのは、望んでいることを望んではいけず、望んではいけないことを望んでいるからだ。 『彼』は大きな苛みに胸が張り裂けそうなほどの、それこそ大きな矛盾を抱えていた。 (馬鹿らしい、俺は ―――) その時だった。リィン、澄んだ鈴の音がテレビの中から聞こえてきた。 彼は驚愕し、今聞いた音が空耳であって欲しいと思いながらも、その姿を求めてテレビ画面に食い付いた。そして固く拳を握り、歯を食い縛る。 ほんの刹那か数秒か、彼女は確かにそこにいた。 白の着物は鈴か付いているかいないかだけの違いしかない自分と同じ形のもので、後ろ姿だったため顔が映らなかったことにほっとしつつも、顔が見れなかったことを彼は残念に思った。やはり矛盾している。 どうして来たんだと思いながらも、よく来てくれたと思った。叱りたいのに褒めたくて、守りたいのに傷付けたい。 テレビの中の誰かが彼女の名前を叫ぶ声が聞こえて、彼は目を伏せた。リィンと響いた二度目の音色が、耳に焼き付いて離れない。――― 逢いたい。今すぐ彼女を思い切り抱き締めたいと思った。 今の彼女なら、戸惑って、それでもおずおずと抱き締め返してくれるような気がした。 たった一歩でもほんの半歩でも、前に進めると確信が持てた。それがすごく『彼』には嬉しくて、だけれども悔しかった。 (嗚呼、そうか。俺は、悔しいのか……) 『命令』にしかならないこの声は彼女に届くけど届かない。しかし自分以外の声だったら、彼女に届く。 彼女と初めて逢った瞬間からずっと願っていた祈りが叶うのに、それでも矛盾した思いがあるのはなるほど。 すとん、と胸に落ちた答に『彼』は納得し、そして薄く笑った。 早く彼女に逢いたい。そして何の気兼ねもなく、声高に叫びたい。伝えたい。 ――― 彼がそんな決意をした瞬間、彼の姿は人知れず、雑踏の中から影も形もなく消えていた。 138
どこからともなく取り出した太刀を振るっても、急速な成長と共に回復が早まる化け物の相手は埒が明かなかった。は苛立たしげに舌打ちする。爆音に紛れて聞こえる二つの雄叫びは銀時と星海坊主のものとわかるが、神楽の声が聞こえないのだ。 それにここにはひょっとして、新八も来ているかもしれない。万事屋を辞めて飛び出して行った新八は神楽を引き止めなかった銀時を酷く責めていたから、神楽を追って来た可能性が十二分に在り得た。だとしたら、道場の息子とはいえ心もとない実力の新八がいつまでもこんな敵の巣の中で生き延びていられるとは考え難い。 襲い掛かる触手をかわすと同時に切り捨てながら、は原型としての形を失っている船の甲板を駆ける。――― そして見つけた。新八だ。定春もいる。彼らは蒼白して怯える天人二人を庇ってどうにか持っている状況だった。 新八の背後に迫った触手をは細切れにする。ただ一太刀にするだけではすぐに再生してしまうからだ。リィンと袂の鈴を鳴らして、は新八と背中合わせの床に着地した。 「さん!? どうやってここに ――― って真剣!? どうしたんですかそれ!!?」 「話は後 ――― 邪魔!!」 は新八を天人の方へ突き飛ばすと、襲い来る化け物をすべて斬り伏せた。 その背中を、新八は息を呑んで食い入るように見つめた。素人目に見ても戦い慣れているとわかるの姿はまるで、舞っているように綺麗だったから。 それは死に行くものへの、最期の慰めのように見えた。 139
えいりあん殲滅のために容赦なく発射された砲撃を星海坊主が身体を張ってくれたことで、諸共吹き飛ばされるところであったたちはどうにか無事に生還することができた。その代わり、彼の傘と残り少ない髪の毛が犠牲になったけれど。 140
天人を二人を庇ったという神楽が腹部に受けた傷は深く、彼女は駆け付けた救護班へすぐさま預けられて処置を受けることになった。取り込まれた怪物の核から飛び出したあと意識を失った状態でそれでも派手に暴れたため傷口が開き、一時は止まった出血がまた始まった影響で、神楽は少し血が不足している様子だった。しかしそこは夜兎の血。地球人より遥かに回復力に優れている種族の血により、大事に至ることはなかった。 自分にも怪我がないかと聞いてくる救護の人間の手を断り、はシーツを敷いて一時的に設けられた処置スペースで横になる神楽に歩み寄った。すぐ脇に膝をついて顔を覗き込む。思ったほど顔色が悪くないことにはほっとした。 ただただ、失いたくないと思った。 今生の別れになることだけは、『死』だけは、あってはいけないと。 それはには到底言葉にできない感情だったけれど、確かに自分の中に存在するもので。そう思ったら何故かふと、しばらく聴いていない彼の声に名前を呼ばれたような気がした。 141
そして銀時と星海坊主が『家族』の話をしているから。彼の姿を脳裏に描いたはその瞬間にはじめて、『抱き締めたい』と思う気持ちを知った。 20090518
以降、オリジナルストーリーに入ります。 この連載も終盤です。 |