131
さんはどう思ってるんですか……?」
「……え?」

 神楽を解雇したという銀時に対しそれまで激昂していた新八が突然、正反対の静かな声でに問い掛けた。
 二人のやり取りを傍観しているだけだったは突然振られた質問に驚き、戸惑い、答に窮した。何も言えずに沈黙していると新八は焦れたように「もういいです!」と叫んで万事屋を出て行った。
 乱暴し閉められた玄関の音を最後に、室内には沈黙が流れる。

 何が最善なのかなんて、何も知らないにはわからない。想像もできない。
132
 新八が出て行ってからしばらくして、万事屋のインターホンが鳴った。
 黙して何も語らない銀時と状況をわかっているのかわからない定春との空間に居心地の悪さを覚えていたは、ここぞとばかりに居間を出て足早に玄関へ向かった。玄関窓に映る影は神楽でも新八でもなく、それに気落ちした自分には気付かない。

「おお、久し振り。万事屋はいるかい?」
「奥にいます。どうぞ」

 やって来たのは長谷川だった。
 脇に避けて中に促すと、長谷川は「お邪魔します」と草履を脱ぎ、居間に向かう。そしてはお茶の準備を始めた。
133
 長谷川の依頼を受けて、銀時は定春を連れて出て行った。
 一人留守番となったは、いつもと同じはずの留守番がいつもとは違う留守番であることに、先程異常の居心地の悪さを感じていた。神楽が解雇され、新八も自分から辞めていったということは、二人はもう万事屋の人間ではないということだ。つまりもう、『ここ』には来ないということになる。

 ――― 仲間だと思っていたのは、僕らだけだったみたいですね。

(仲間……)

 震えを押し殺した声で新八が告げた言葉を思い出した。
 同じ団体に組するものという意味では、確かに万事屋という一つの集まりは一つの仲間であっただろう。だがどうして、新八があんなに辛そうに言葉を吐き出していたのかには理解できない。
 仲間とは所詮、同じ組織にいる人間を表すだけの言葉でしかない。少なくともにはそういう認識であり、それだけの存在だ。

 では何故、新八は神楽を引き止めなかった銀時を責めた?
 泣き出しそうにしていた?
 解雇したのは自分のクセに、どうして銀時まで寂しげな声をしていた?

(どうして私は、神楽と新八が去ったことを認められない……?)
134
 ――― 突然、玄関の戸が乱暴に叩かれた。
 驚いたが戸惑っていると、ガンガンガンという音と共にお登勢の声が聞こえた。何やらそれが切迫した様子であることに気付くと、は急いで玄関の戸を開けた。

「銀時はいないのかい!?」
「さ、先程出て行きましたが」
「何だって? どうしてこう肝心な時にあいつは……!!」
「……何かあったのですか?」

 舌打ちするお登勢に訊ねると、お登勢はテレビを点けてみな、と言いながら中に上がり込んだ。そして自分で居間のテレビを点けるとチャンネルを回す。
 画面の右下に『緊急生中継!!』と表示されている番組は、どうやら言葉通りのものであるらしい。映し出されているのはいつだったか、神楽が福引で当てた宇宙旅行に出掛けた三人を見送りに行ったターミナルだ。眼鏡のリポーターがマイクでは音割れしそうな声で状況を伝えている。

 これが一体どうしたのだろうと、お登勢の真意がわからなかったはしかし、次の瞬間に理解した。
 船に寄生する化け物を相手に、その武器である傘を振るう桃色の髪の少女は間違いない。――― 神楽だ。
135
 ものすごい速さで成長を続ける怪物は刻一刻とターミナル全体を覆い尽くそうとしていた。
 迫り来る化け物に人々は逃げ惑い、駆け付けたはずの真選組も全く用を成さない。先程逃げ惑う人々を押しのけて、大きな犬に跨って登場した銀髪の男もまた、登場していきなりエイリアンに食われて消えてしまった。
 真選組が呼んだ戦車の応援が間に合うかもわからない。

――― リィン

 現状にはあまりに場違いなその澄んだ音色は、しかし不思議と人々の耳に届いた。刹那、タンッという音と共に現れたのは、まるで死装束のような白の着物を纏い、その袂に鈴を付けた一人の女だった。
 どこからともなく突如姿を現した彼女の登場に、真選組の面々やテレビリポーターらは息を呑んだ。何より真選組の人間たちは、彼女が何者であるかを知っていた。

!!? ――― ッ!?」

 だが彼女はその呼び掛けに一切反応することなく、タンッと再び地面を蹴ってその姿を消していた。
 まるで幻でも見たかのような感覚だが、すべてが現実であったことを物語るように、場には一つの清らかな音が余韻となった。
136
 どうしてかなんて、それはが知りたい。
 ただ気付けば身体は動いていて、気付けばこの場所にいた。それだけだ。それだけでしかない。
 だって今この胸に込み上げる気持ちが、衝動が、感情が、には『何か』わからない。
 唯一わかっていることと言えば。

(『命令』なんて、関係ない……!)

 たとえこれが、赦され得ぬ想いであっても。
20090515