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その日届けられた郵便物は封筒一通のみだった。手にしたはその表面に捺された『宛先不明』の判子と、判子の下の宛て先を見て「またか」と思った。これで一体何通目になる手紙だろう。居間のデスクで相変わらずの愛読書である週刊漫画を読む銀時にその手紙を届けると、銀時も「またか」と唇だけで告げた。そして銀時は受け取った手紙を、デスクの引き出しの中にできた同じような手紙の山に重ねるのだった。 124
「さんなら心配いらないと思いますけど、一応気を付けてくださいね。拙者拙者詐欺って言うのが今流行っていて、すごい金額の被害が出てるんです。電話でいきなり、名乗りもせずに「拙者拙者」なんて言われたら要注意ですよ」ワイドショーを見ながら煎餅を齧る新八の忠告には曖昧に頷き、買い物に出掛けた。 125
「ー!!」万事屋から程近く頻繁に利用するスーパーの入り口で、は大声で名前を呼ばれて立ち止まった。振り返れば万事屋で新八と一緒にテレビを見ながら煎餅を齧っていたはずの神楽が、猛スピードでこちらに向かい走ってくるところだった。 公衆の面前で大声で名前を呼ばれたことといいその気迫といい人目を惹いて、は今すぐこの場を立ち去りたい衝動に駆られる。いい予感がまるでしない。 「米アル! 今すぐ米を買うアルゥゥゥ!!!」 「は? ちょっと、神楽……!?」 案の定、神楽は立ち止まることなくの腕を掴むと店内に駆け込み、大江戸小町十キロを片手で軽々持つとをレジへと引きずった。米の備蓄はまだあるのにと思いながらも、お陰では神楽に急かされるまま会計をすることになった。安くなければ高くもない金額の、余計な出費である。 そして再び引きずられて、はスーパーの外に連れ出される。 「神楽ちょっ、待って! 私は買い物に」 「それより銀ちゃんネ!!」 「銀時って、一体何が ――― っ」 神楽がスピードを上げたため、の声はそれ以上言葉にならなかった。 126
乱れた息を整えようと、は必死に深呼吸をくり返した。受付カウンター前に並べられた待ち合いの椅子はあまり座り心地がいいとは言えないものだったが、落ち着ける場所がないよりはマシだ。それにしても、まだ子供とはいえやはり流石は宇宙最強と呼ばれる種族の子供だ。地球人とは基礎体力から何から違いすぎる。走っただけなのに神楽と自分とでは疲労の度合いにあまりに差があり過ぎた。 (大体、銀行なんかに何をしに……?) 「ホアチャァァァァァ!!!!」 勢いのいい掛け声と共に聞こえたザシャァァァという音が神楽の向かった方向から聞こえたが、は振り向きたくなかった。 すると眼鏡の銀行員がカウンターから慌てて飛び出していくのを視界の端に映し、は嘆息する。 127
唐突に、は息を呑んだ。腰掛けていた椅子から素早く立ち上がると近くに座っていた人が驚きの声を上げたが、気に止めている余裕はない。だって何か、嫌な気配が予感がする。 は眼鏡の銀行員と揉める神楽の許に素早く近付くと、制止する銀行員に抵抗するその腕を掴んだ。びくっと神楽は一瞬震え、を振り仰ぐ。開きかけたその唇をだけれどもは遮るように、掴んだ神楽の腕を引っ張った。 意外にあっさり従った神楽は戸惑いを滲ませた声を上げる。 「? ど、どうしたアルか?」 「今すぐここを離れる」 「で、でも銀ちゃんが ――― !!!」 え、とが思ったときには、の身体は宙にあった。神楽に突き飛ばされたのだ。 咄嗟のことで加減を失っていた神楽の力は強く、は軽々飛ばされる。そのまま行けば硝子張りの壁に衝突するところであったが、は空中で身体を捻ると体勢を整え、硝子と硝子の間にあるわずかな支柱にとんっと足をつけて勢いを殺し、地面に着地した。 そして顔を上げたが目にしたのは、瞳の生気を失った一人の僧侶の口から飛び出たまさに『怪物』と言える生き物が、神楽の首を締め付けている光景だった。 128
怪物だけを的確に仕留め、壁に突き刺さったのは、たちが見慣れた神楽の持ち物と同じ形の一本の傘だった。「パピー?」 神楽がそう呼んだのは、神楽の窮地に現れ彼女を救った、白の防護服で全身を包む一人の男だった。 格好いい登場シーンに比べて、素顔はちょっとアレではあったけれど。 129
星海坊主と呼ばれる男の名は、流石のも知るものだった。詳しいことは知らないが、銀河に名を轟かすほどの戦士であると。いつだったか彼が瞳を輝かせて話していたのを覚えている。だがそれがまさか、神楽の実の父親だったとは。世間は広いようで狭いものだ。 「紹介するネ。こっちのダメなメガネが新八アルで、そっちのダメなモジャモジャが銀ちゃんアル。私が地球で世話してやってる連中ネ。それからこっちが、私がとってもお世話になってるアル」 「ほう、そりゃまた。娘が世話になってます」 「あ、はあ……」 無論この扱いの差が、銀時と新八の不評を買ったのは言うまでもない。 130
不穏な空気が流れたと共に、店の窓をぶち破って外に飛び出して行った父と娘に、は半ば呆然としていた。あれが世に言う親子喧嘩だとしたら、二人が纏っていたのはなんとも血生臭さを感じさせる空気だった。 それともあれが、生来戦闘を好むと言われている夜兎の本性ということだろうか。だとしたら、攘夷戦争の際に彼ら夜兎が天人の軍勢にいなかったことは、江戸はもとよりこの星にとっても幸いだった。 そして思い知る。無茶苦茶なところがあるけれど、それ以外は特に目に付くところがないと思っていた神楽もまた、『夜兎族』であるということを。 20090515
やっとここまで来た……! |