119
 その日、万事屋に一人のお客が訪れた。
 禿げ頭にちょび髭を生やした男性はが見たことのない洋装をしており、主人の代理でやって来たと言った。詳しい話は屋敷で主人から直接話すので、一緒に来て欲しいとのことだ。久し振りの、それも依頼主は相当のお金持ちと予測されたこの依頼に銀時たちが食つかないはずがない。

「あ、今回はちゃんも一緒に来てもらうから」
「私も、ですか……?」

 外の車を待たせているということで、早速出掛ける支度を始めた銀時を横目に湯飲みやらを片付けていたは、銀時に突然そう言われて戸惑った。いつも留守番を頼まれることは多々あれど、仕事に同行を求められたのは今回が初めてだったからだ。
 やはり先日の一件以来、万事屋たちはに構いたがる。
 それが嫌だとはは思わない。しかし自分の一挙一動に対してあまりに過敏になられることを、何故か悲しいと思った。目のつく場所にいなければまたいなくなるとでも思われているのだろうか。だとしたらそれはあまりに心外だった。


「私はどこへも行きませんよ」

 そう考えたら、思わず呟いていた。銀時は瞠目する。

「……命令だから?」
「命令なのですか?」
「いんや、この場合はお願いだけど……」

 バツが悪そうに目を逸らし、銀時の言葉は尻すぼみになる。最後の方は何を言っていたのかには聞き取れなかった。

「じゃあ、留守番しててくれって言ったら、ちゃんは留守番しててくれる?」
「銀時がそう言うのなら」
「言っとくけど命令じゃないよ? それでも留守番して、俺たちが帰ってきたら「おかえり」って言ってくれる?」
「銀時たちがここへ帰ってくるのなら」

 の返答に銀時は先程よりも瞠目して、視線を足元に落として意味もなく「あー」と言いながらボリボリと頭を掻いた。
120
 三人が乗った黒塗りの車を見送ったは家の中に戻ると、誰もいない室内を見回して首を傾げた。何か違和感を覚える。
 既に掃除を済ましてる室内はいつもの清潔さを保ち、室内にこれといった変化は何一つない。だが何かがおかしいと思った。もやもやとした感覚が落ち着かずに、居間の戸口に立ったままは違和感の正体を探ろうと思案に耽る。だが一つ一つ確認を行っても、やはり何の変化もない。銀時たちが出て行くまでおかしな点は一つもなかったはずなのに。

 外の通りを行き交う車や人の声が聞こえた。
 あ、とは気が付く。

 外の喧騒が耳に届くほどの静寂も、その中に一人でいることも随分久し振りだった。そういえば最近は落ち着きを持たない万事屋の誰かが常に側にいたから、静けさというものを味わうことがなかった。『静かな万事屋』に、自分は違和感を覚えているのだ。彼らの内の誰一人もいない、この場所に。
 気付いた途端、出て行くぎりぎりまでが一人残ることに反対した神楽がしがみ付いていた腕に、熱が宿る。怪我をした訳でもないのに、掴まれていた箇所が熱い。裾を捲くって確認しても先日のような手形は残っていない。おかしい。奇妙だ。

 訳がわからないまま、だけれど何故か立っていられなくて。はその場にしゃがみ込むと、抱えた膝に顔を埋めた。腕だけに宿っていたはずの熱がいつの間にか広がって、胸が、お腹が。指先も爪先も。顔が ――― 全身が、あつい。
121
「本当にさんを一人にさせて大丈夫なんですか?」

 三人が並んで座っても余裕のある後部座席で、新八は銀時に訊ねた。その口調は心なしきつく、まるで銀時を責めているように聞こえる。実際に新八は銀時の判断を責めているのだろうけれど。
 新八の銀時の間に後ろ向きに正座し、通り過ぎていく景色を見つめている神楽も新八と同じ心境だろう。いつになく静かで一点を見つめて視線を逸らそうとしない態度から、彼女が今酷く拗ねているのがよくわかった。

「ばーか、お前らは心配し過ぎなんだよ。あんまり過保護になると、近々嫌われっぞ」
「そもそもの原因をつくった銀さんに言われたくありません」

 その切り替えしに銀時は言葉に詰まった。確かに新八の言うとおり、当時記憶を失っていたとはいえを遠ざける真似をしたのは自分で、彼女が行方不明になる原因をつくったのは自分だ。

「反省してます……」
「ならどうしてさんに留守番を任せたんです?」
「そりゃあお前、ちゃんを信じてるからに決まってんだろ? さっきも言ったがお前らは心配し過ぎだし過保護なんだよ。俺が言ったところで説得力なんざねぇだろうけど、ちゃんのこと信じてもいいんじゃねーの?」
「銀ちゃんに言われたくないアル」

 ぼそっとそれまで沈黙していた神楽が呟いた。

が万事屋に預けられてるだけだとしても、は万事屋の仲間アルね。仲間のこと信じるのは当然のことネ」
122
 夕食の支度を始めるのは些か早い時刻、一日の日が短い冬の空は早くも夕日が沈もうとしていた。
 そんな時、玄関の戸の開く音が聞こえた。は居間のソファーから立ち上がり、すぐに玄関に向かう。数時間ぶりに見る万事屋たちが寒い寒いと言いながら靴を脱ごうとしている。

「おかえりなさい」

 少し前よりも告げることに抵抗も違和感も覚えることがなくなった言葉を、望まれた通りに望んでくれた人に告げた。

「おう、ただいま」
「ただいま、さん」
「ただいまアル!」

 何故だかまた、無性に膝を抱えたくなった。
20090514