083
 新八たちとは別れて買い物に出たが万事屋に戻ると、先に帰っていた新八たちに「おかえりなさい」と迎えられて、は最近になって言い慣れてきた「ただいま」を返した。
 居間には銀時だけおらず、まだ寝ているのかを思ったは、正午近い時刻を見て流石にそろそろ起こしに向かった。
 しかし布団の中はもぬけの殻で、温もりすら残っていない。は首を傾げた。

「新八、銀時は?」
「銀さんなら、僕らが帰ってきたのと入れ替わりで西郷さんに連れて行かれましたよ」
「連れて行かれた……?」
「はい。あ、西郷さんというのはお登勢さんと同じかぶき町を支える四天王の一人、マドマーゼル西郷さんのことです。どうやら銀さん、西郷さんの逆鱗に触れたらしくて。しばらく帰って来ないと思いますよ」

 何やら物騒な言葉に放っておいていいのかと怪訝になっただが、新八の説明を聞くと慌てることこそ馬鹿らしいと感じた。
 新八が落ち着いていることから見ても、問題はないのだろう。

「なら、銀時のお昼は……」
「いりませんね。あ、作るの僕も手伝います」

 ならば、の反応もまた。
084
 キャサリンが休みを取ったので人手が足りない。給料は払うから手伝って欲しい。
 お金には興味がなかったが、お登勢のその頼みをが断る理由は特になく、了承したはその日の夜、万事屋一階のスナックお登勢にいた。

 常連がほとんどの客とお登勢の会話を聞くともなしに聞いて、時折振られる話題に曖昧な返答をする。
 素面の時なら顰蹙を買いそうな対応だったが、相手は酔っ払いだ。ちょっとしたことで声を上げて笑い、酒を煽った次の瞬間には今の今まで話していた話題を忘れている。のその接客センスのなさを、お登勢も特に何も言わなかった。

 そんな中ふとは手を止めて顔を上げ、天井を見つめた。

「どうしたんだい?」
「……いいえ、何でもありません」

 だけど本当は、そんなこともなく。
085
 閉店後の片付けもすべて済ましたが万事屋に戻ったのは深夜を過ぎてからだった。
 そして銀時が眠る座敷を気にしながらも問題なく朝を迎え、朝食の準備が終わる頃に自宅から通っている新八が出勤して来る。

「おはようございます、さん」
「おはよう」

 新八が神楽と銀時を起こす声を背中で聞きながら、は銀時がいつか泥酔した時に注文したあつーい味噌汁をよそった。
 数秒後、新八が「さァァァァんんん!!!」と絶叫しながら駆け戻って来た。近所迷惑である。
086
 ひたすら納豆をかき混ぜるくのいちと万事屋三人のやり取りを聞き流しながら、は黙々と箸を進めた。
 縋るような目で銀時が昨夜のことをに訊ねて来るが、生憎とが帰宅したのは銀時の帰宅後である。が首を振ると銀時はその顔に絶望の色を濃く浮かべた。そして一足早く食事を終えて空いた茶碗を手には席を立つ。

 呼吸を、気配を、はただひたすら、殺し続けた。
086
 銀時の行動が思い付きの行き当たりばったなら、神楽はそこに『感化されやすい』という項目が追加される。
 仕事が滅多に来ない万事屋の面々は大抵の場合ゴロゴロ過ごすことが多く、時間の潰し方は専らテレビ観賞だった。家の仕事をこなしているはその暇潰しに滅多に参加しないが、たまに用事が早く済むとお茶を淹れてソファーの端で参加することがある。

 万事屋に来るまでテレビと縁がなかったは、小さな箱の中で人が動いていることに未だ違和感が拭えないのだが、そこに映るさまざまなものはどれも真新しくて新鮮に感じていた。
 わからない言葉や見たことがないものが映ることもしばしばで、あれは何だろうと疑問に思うことが多々あるが、銀時たちに訊ねたことはなかった。たまに神楽と疑問が被り、彼女は臆することなくそれについて訊ねることがあるけれど。
 幾度となくあったその光景からが学んだことは、銀時の言葉を鵜呑みにしてはいけないということである。彼の言葉の九分九厘が事実と異なることは、新八の猛烈な突っ込みと納得がいく彼のわかりやすい説明から判断できた。

 そしてその日、遠方で起こった出来事を伝える『にゅーす』という番組で、「ほら、こんなに大きな松茸が採れましたよ!」と女性りーぽーたーが立派な松茸を採り食す映像が流れた。これを見て大食いの神楽が黙っているはずがない。

「私もマツタケが食べたいアル!!」

 きっかけはそんな、神楽の一言だった。
 無論、は進んで留守番することを選んだ。


 続けてニュースをお伝えします、と今度は『すたじお』から男性りぽーたーが、頭にきのこを生やした熊が近隣の村を襲っているというニュースを読み上げ出した。
 頭にきのこが生えているなんておかしな話だが、が知らない遠い山での話だったため、は特に気に止めることなく温くなったお茶を嚥下した。
20090306