069
 銀時の行動は大体が思い付き。そして行き当たりばったりだ。
 だから銀時がいきなり「海に行こう」と言い出したとき、は大して驚かなかった。連日の猛暑に滅入っていた新八と神楽に至っては飛び上がって喜んだ。

 そして銀時の行動には必ず、裏がある。

 今日も今日とて留守番をしていたは、銀時がお土産に持って帰った『ビーチ侍』と書かれるシャツの扱いに困り、銀時の引き出しの奥にそっと仕舞った。いつの日か銀時はさぞかし驚くことになるだろう。
 しかし『宇宙怪獣 ステファン』と言い、センスを疑う。いっそのこと手ぶらで帰って来て欲しいだった。
070
 道場一面に引かれた布団の上で苦しむ隊士たちの介抱をしながら、自分は何をやっているのだろう、とは考える。
 夏には少々厚手で怪しげな格好で出て行った万事屋三人を見送り、いつもどおり留守番をしていただけなのに。突然万事屋を訪問した沖田に銀時たちは今留守だと言ったら、自分が用があるのはだと言って連行されて。

 あれ? 本当に何してんだろう、私。

 取り敢えず、額に乗せた布を変えて回る。とは言っても隊士たちには熱などなく、赤い着物を着た女がとか何とか魘されているだけなのだけれど。まあ気持ちの問題だろう。

「? 赤い……虫刺され?」

 するとある一人の隊士の首筋にある赤い腫れには気が付いた。
 そう言えば、と思って隣の隊士の首筋を見ると同じような腫れがある。蚊に刺されたように見える痕だがそれにしても大きな腫れだ。よく見て回ると寝込んでいる隊士全員に同じ痕がある。

 は首を傾げた。
071
 山崎が街で捜して来たと言う拝み屋を見ては瞠目し、直後に閉口した。
 どうして彼らはこう、と思わず嘆きたくなる。

「……はあ」

 は沈黙を選択した。
072
 拝み屋の化けの皮を剥がされた悪気がなければ仕事もなかった万事屋三人を前に、はただただ呆れるしかなかった。
 蓑虫状態に縛られて中庭の木に逆さ吊りにされた姿は憐れだが、同時に仕方ないとも思う。
 少しだけだけど霊感があって人のために役立てたかったと銀時は言うが、どこまでが本当なのか。季節に乗っかって儲けようとしているし、何より日頃の彼らを見ているだけに信憑性に欠けた。まさに自業自得である。

ちゃーん! ちゃんからも言ってやって! 助けてェェ!!」

 逆さ吊りにされている挙句、沖田に鼻から飲み物を流し込まれている銀時が必死に助けを求めてくる。新八も神楽もに向けてSOSを発信する。
 しかし、の眼差しは冷ややかだった。無表情だった。

 は何も言わずに、銀時たちの被害に遭って白目を剥いている山崎の腕を肩に回すと、道場に向かった。
 断末魔に近い悲愴に塗れた悲鳴は聞かなかったことにした。
073
 新たに引いた布団に山崎を寝かせて、は一息ついた。やはり成人男子一人を一人だけで運ぶには無理があったようだ。肩の筋肉が凝っているような気がして腕を回す。気持ち楽になった、ように思う。
 そこでは「ああ」とあることを思い出し、折角腰を落ち着けたところだったが立ち上がった。先程の場所まで戻ると銀時たちは解放され、神楽と近藤の姿がなかった。

「ちょ、ちゃん! さっきなんで見捨てたの! 銀さんマジで傷付いたんですけどォォ!!」
「真選組に蚊取り線香はありますか?」
「って無視ですかァァァ!!?」

 沖田がニヤニヤ笑っていたのが気になった。
074
 沖田が何故か隊服の懐に忍ばせていた蚊取り線香を分けてもらい、台を拝借して道場へ戻った時だった。劈くような近藤の悲鳴が屯所内に響き渡った。
 しかしは見向きもせずに蚊取り線香に火を点け、道場の中央に配置する。
 関わるだけ面倒だとも、どうせいつもの下らない騒ぎだとも思い、は関わらないことを選択したのだった。
075
 空が橙色に染まる頃、は席を立った。ここへ連れてこられる際に、の料理が食べたいと言った沖田の要望を仕方なく叶えるためだ。
 しばらく前まであれだけ騒がしかったのに今ではすっかり静まり返った屯所の濡れ縁を歩き、は厨に向かった。途中銀時たちの気配がする部屋の前を通ったが声は掛けなかった。だって面倒は御免だ。

 その道中のことである。

「あ、どうも。こんばんは〜」
「……こんばんは」

 赤い着物の女が天井に張り付いていた。顔色の悪さと今の暗くなりつつある時分で軽く恐怖モノである。
 逡巡の結果、は会釈をして、厨に向かうべく再び足を動かした。この件には徹底して関わらないと決めたのだ。
076
 件の騒動は原因である赤い着物の女が捕まったことで何とか収束した。
 地球で言う蚊のようなものである天人の女は、上司との間にできてしまった子供をひとりで育てるべく、血を必要としていたのだと言う。そしてその餌場として真選組が選ばれたのだった。傍迷惑極まりない話だ。

 取り敢えず、意識がなかった者たちの中で最初に目覚めた山崎は、神楽に腹を殴られ損だったことになる。
20081216