048
 スーパーの福引で神楽が引き当てた三名様ご招待の宇宙旅行に万事屋メンバーを送り出したが帰りの足で向かったのは、万事屋からは遠くターミナルからは近いスーパーだった。
 当てた福引と引き替えに安売りが終わってしまったトイレットペーパーが、今日はこちらのスーパーで安売りなのだ。

 万事屋の人間が留守の今、食材を買い足す必要もない。
 手が空く今回、は十二ロールのトイレットペーパーをふたつ購入し、万事屋へ戻った。

 その道中のことである。


 プップー

 道の端を歩いていたのにクラクションを鳴らされた。
049
 折角の広さを持つのに手入れが行き届いていない庭を、は縁側に腰掛け眺めていた。
 そして庭を眺め始めてからしばらくが経った時、襖が開く音にが室内を振り返ると、そこにはやや着崩した格好の黒髪の男がいた。と目が合うと男は目を瞠り、襖を開けた体勢のまま固まる。

 はほんの一秒足らず男と目を合わせていたが、すぐに視線を庭へ戻した。
 興味が失せた。そう言わんばかりの態度だ。これに男がはっとする。

「真選組の屯所に堂々乗り込んでくるたァ、テメーは何者だ?」
「私が何者であるか、答える義理はありません。それにあなたの認識には誤りがある」
「はっ、言うじゃねぇか」

 すっと顔の横から出された銀色。
 よく手入れされているのか、刀身は鏡のように綺麗で、の横顔を映した。

「女だからって俺は容赦しねーぞ」
「あなたに答える義理はありません」

 首筋に刃が当てられていると言うのに、はまるで動じない。
 背中を向けられているため男にはの表情こそ見えないものの、しかしくり返された返答は一層の冷たさを帯びている。

 男の刀の柄を握る手に力がこもった。


――― ドオン!!
050
「待たせてすみませんねィ、着替えるのに手間取っちまった。そうそう、アンタをここに連れて来たのはアレでさァ、花見の時の弁当。あれってアンタが作ったそうじゃねぇですか、ダシ巻き卵が俺の好みの味で美味かったでさァ。でもあのチャイナがアンタのメシはどれも美味いだの、ダシの利いた味噌汁は味噌汁ご飯なんつー邪道を許さねぇほど絶品だとかほざきましてねィ。別にそれが悔しかったなんてことは死んでもありえねぇんですが、アンタのその味噌汁やらどれも美味いメシやらを食ってみたくてねィ。俺のメシ、作ってくれやせんかィ? 他の奴らのメシ? そんなことはアンタが気にする必要はねぇでさァ、ここには実は女中ってもんがいないんで、屯所内のことは俺たちが交代制で切り盛りしてんでさァ。俺のメシは当番の奴にいらねぇってこともう伝えてあるんで、アンタが作ってくれなきゃ俺はメシ抜きになっちまう。だから作ってもらわねぇと困るんでさァ。成長期の男にメシ抜きは拷問だ、勿論作ってくれやすよねィ?」

 発射口から煙を上げているバズーカーを肩に背負い、パトカーの後部座席へ半ば強引にを押し込んでここまで連れて来た見た目は好青年、しかしやることはハチャメチャな彼はそう言った。
 標的となった黒髪の男が先程までいた場所に代わって立つ彼の傍若無人振りに、も流石に言葉を失う。

 捲くし立てるような話には気圧され、首を縦に振ってしまう。
 これににこり、笑った顔は人好きのする笑み。しかしその裏に一体どれだけの黒い感情が隠されているのか。

「そういや結局アンタの名前を聞けず仕舞いだったんで、教えてもらえますかねィ?」
……」
ですねィ、前も名乗りましたが俺は沖田総悟。どうぞ総悟と呼んでくだせェ」

 こくり、やはりは頷くしかない。
051
 案内された厨を一言で表すなら、まさに『腐海』と言う言葉が当て嵌まった。
 男所帯の限界なのだろう、腐った野菜やら洗わずに放置されている食器など、よくもここまで放置できたものだと感心してしまうほど壮絶である。調理台も埋もれて、今までどうやって食事を作ってきたのかとても疑問だ。

 彼らは一体どんな生活をしているのだろう。
 衛生的に問題があるこの空間で、今まで中らなかったのは奇跡と言えよう。

「上には上がいるのか……」

 ある意味、感心してしまう。
 襷をして、の料理はまず厨の掃除から始まった。
052
 総悟には必要ないと言われたが、真選組は全部で二十人ほどいる大所帯である。
 それだけの人数でそれも全員が男となれば、一食の食事はかなりの量がいる。当然ながら少量ずつちまちまと作っている暇などないため、一度に沢山の量を作ることになる。

 つまりが何を言いたいのかと言えば、だ。量が必要ならやはりそれに見合ったものが必要になる。一度に沢山の量を作れるように、真選組には鍋などはこれまでが使ったことのない大きなサイズのものしかないのだ。
 そうなればこれまた当然、その大きな鍋などを使って総悟一人分の食事を作るのは不可能に近い。調理する側のとしても、子供一人が余裕で入れる大きさの鍋を使うならどんなに大変でも鍋の大きさに見合った量を作った方が断然楽だ。

「……こんなところかな」

 夕暮れもすっかり過ぎた時刻、大きな鍋の前で初めて大量に作った味噌汁を味見するの姿があった。
053
 見回りから戻った隊士の多くが、隊士全員が入れる大広間に足を踏み入れたところで言葉を失った。
 きっちり並べられた御膳。その上に乗る美味しそうな純和風尽くめの食事。等間隔に置かれた蓋付きの桶は、蓋に乗る杓文字の存在から見て中身は白米であろうと予測できる。

 するとすっと静かに、廊下に面した襖が開く。縁側から大広間に入った隊士たちは皆一様に目を向けた。
 どこか見覚えのある少女だった。割烹着こそ着てはいなかったものの、襷を掛け抱えるように持つお盆に新たなおかずが小分けされた器を乗せているのを見る辺り、この並べられた食事を作ったのは彼女なのだろう。

 隊士の誰かが言った。
「おい、もしかしてあの子って、この間の花見の時の子じゃないか?」
 それに別の隊士が答える。
「そういや確か、あの時の弁当、あの子が作ったって俺聞いたぜ」
 するとまた別の隊士が答える。
「マジで!? あの弁当マジ美味かったよな!!? ってことは……!」
 隊士たちの目の色が変わった。

「あともう一品あるので、待っていてください」

 少女はそう言って、大広間から退室する。
 その瞬間、隊士たちは競い合うように御膳の前に腰を下ろし、少女が最後のおかずを持ってきたらすぐに食事を始められるように率先して伏せられていた茶碗にほかほかのご飯をよそうなどの準備を始めたのだった。
20071228