044
 温かいと言うよりは寧ろ暑いと言えるこの日、今日もは買い物に出ていた。
 万事屋のエンゲル係数はとても高く、いくら買い足してもすぐに冷蔵庫の中身が空になるのだ。月の生活費の内食費だけで一体いくら使っていることになるのか、恐らく新八あたりは青褪めて知りたくもないと耳を塞ぐだろう。

 屋根の上を渡り、目的のスーパー近くまで来るとは路地裏から地上へと戻った。
 突然のの登場に驚いた野良猫が逃げ出すのを横目に、はそして本通りへ戻る。

「あ」

 この暑い日、襟付きのそれも黒色の制服を着込む男たちと出くわした。
045
「ンなところから出て」
「お久し振りでさァ、花見の時以来ですねィ」
「テメッ、総悟オメーは」
「そういやあの時はいろいろあってまともに話せやせんでしたねィ。改めて自己紹介しまさァ、俺は沖田総悟。アンタは?」
「総悟ォォォォ!!」
「何でィ、土方さん邪魔しねぇでくだせェ。俺は今このお嬢さんと話してるんでさァ。アンタはお呼びじゃねぇですぜ」
「邪魔してんのはテメーだろうがァァァァ!!!」

 どうでもいいが、路上の注目を集めまくりである。
046
 沖田と近藤が捜し人であるお姫様の写真をに見せている間、土方と山崎は少し下がった場所でその様子を見つめていた。
 見たところ、はどこにでもいる町娘と大差ない平凡な娘だ。ただ少し年頃にしては華やかさに欠け、表情にも乏しい。感情の起伏がないのではなく、人よりも緩やか過ぎて見分けが付かないのだ。

「おい山崎、その後の情報はどうなった」
「すみません、それが全く。何日間か監視もしましたけど、奴らと接触している様子は全く見られませんでした」
「クロ、だと思うか?」
「……違うとも、そうだとも言い切れません」

 見たところ、はどこにでもいる町娘と大差ない平凡な娘だ。ただ少し年頃にしては華やかさに欠け、表情にも乏しい。感情の起伏がないのではなく、人よりも緩やか過ぎて見分けが付かないのだ。
 けれどそれだけではなく、動作のひとつひとつに無駄がなく洗練されている。足音だけでなく気配すらもない動きだけが、平凡とは掛け離れていた。

 その差異がこちらの判断を鈍らせている。
047
 しばらく前に起こった、犬威星大使館での爆破テロ事件。
 首謀者は攘夷志士の中でも過激派で知られる桂小太郎。そしてあの事件をきっかけに、万事屋と真選組は何かと顔を合わせることが多くなった。

 事件のあった日、監察である山崎は副長である土方や一番隊隊長の沖田のように池田屋へ斬り込みに行くことはなかったものの、近くで別の仕事に当たっていた。
 桂たち攘夷派の一派が池田屋に身を潜めたと言う情報を仕入れたのは山崎なのである。

 そしてそれは、処理の間に合わなかった爆弾が銀時の機転により何の被害もなく始末できた、あの爆発の時に起った。
 池田屋内で起こっていればどうなっていたかわからない規模の爆発に誰もが気を取られていたその隙に、地上十階以上の高さから飛び出した白い影があったのだ。目撃したのは山崎ただ一人だった。

 白い影は碌な助走も付けられない場所から広い道路を挟んだ向かいのビルの屋上へと飛び移り、そのまま屋上伝いに姿を晦ませた。その跳躍力はとても人間業には思われなかった。
 だから山崎は我が目を疑い、放心した。その所為で報告も遅れて、非常線を張ってもあの白い影を捕らえることはできなかった。

「若い女だ。年齢は十代後半、黒髪黒目で髪の長さは肩より少し長め。白い死装束みたいな着物を着ていた」

 土方の話で、山崎はあの白い影が少女と言う齢の存在なのだと知った。
 そして少女についての情報収集と捜索を、山崎は土方から命じられることとなる。


 しかし一向に、少女についての情報は一切掴むことができなかった。
 そんなある日に、山崎は土方から少女と遭遇したという話を聞かされた。当時の状況を思い返しながら話す土方も、少女が只者ではないと思い知ったらしい。

 そして花見の席でのことだ。山崎は驚愕した。
 白い死装束のような着物を纏い、肩より少し長い黒髪と黒目を持つ少女が、万事屋の面々と共にいたのだから。
 土方を窺い見ればゆっくり、深い首肯が返った。それは目の前の少女があの日、山崎が目撃した少女であることを意味した。

 お妙と神楽に挟まれるように座り、聞き手一方に回る少女は物静か過ぎて感情の起伏に乏しいことが目に付くだけの、それ以外は普通の少女に見えた。どこか戸惑ったように、花見の空気に馴染みきれていないことが印象深い。

 それとなく新八に訊ねてようやくこの日、山崎は少女に関する情報を入手した。
 名前は。依頼の一環で、万事屋で預かっている少女だと言う。しかしその依頼の詳細は銀時も言葉を濁して、新八たちも知らないのだと言う。彼女本人も黙していると。

 他にも料理が得意なこと。今日の弁当も彼女の手製であること。実は少し天然の気があること。意外なことを知らない無知さがあること。彼も酔っていたのかもしれない、新八はいろいろ話してくれた。
 語る新八の様子を見ていても、は極普通の町娘に思われた。とてもあの驚異的な身体能力を持つようには思われないと。

 だがあの日、山崎が目撃したものは見間違いではない。


 買い物に行くらしいと別れて、山崎は土方に目配せするとひとつ頷き、彼らから離れた。
20071228