032
 すっかり春の陽気になってきたこの頃。テレビの天気予報に桜の開花情報が加わり始めてほんの数日。
 万事屋を訪れた新八が、上がってくるなりいきなり、土下座した。

「一生のお願いです! さん!! どうか、どーかお願いします! 後生ですから!!」

 その日、万事屋は新八とお妙の姉弟と今度の休日にお花見をすることになった。
 そして週末、は階下のスナックお登勢へ重箱を借りに行った。
033
 北上した桜前線とぶつかった花見の当日。は一人、重箱を抱えて公園を目指していた。
 銀時と神楽の要望に応えたお弁当は完成に時間が掛かり、銀時たちは場所取りを兼ねて一足先に公園に向かったあとだった。

「大丈夫ですかィ?」

 片手で持つには重く、しかし両手で持つのは好ましくなく、同時に視界が狭まる重箱。
 それが突然軽くなり、隣を見たの横には色素が薄い髪の好青年が並んでいた。青年の手に掴まれた重箱はそのまま、ひょいっと片手で青年に抱え取られてしまう。

「怪しい者じゃねぇんで安心してくだせィ。アンタがふらふら頼りなさげに歩いてたんで手を貸しただけでさァ」

 そう言う青年はもう片方の手に『鬼嫁』と書かれた一升瓶を持ち、帯刀していた。
 今のご時勢、帯刀を許されている者は限られているため、なるほど確かに身元は保証されているだろう。

「アンタも花見に行くんでしょう? 俺たちも丁度公園に花見しに向かうところなんでさァ」
「おいっ、総悟!」

 青年が振り返るのにつられるように、もそちらに目を向けた。
 黒髪の男と目が合う。
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 ぽろ、男が咥える煙草の灰が落ちた。
 男の後ろにぞろぞろと続いていた大勢の男たちが、黒髪の男とを不思議そうな顔で交互に見る。青年だけは平生として、けれどどこか楽しそうだった。

「オメーはあん時の……」
「土方さん、そりゃあナンパの方法にしてはァちょいと時代遅れですぜ」
「誰がナンパなんぞしてるか! 総悟、お前だってわかってんだろう!?」

 土方と言われた男が総悟と呼ばれた青年に怒鳴る。
 けれど総悟は肩を竦めてその怒りをさらりと受け流した。土方の米神に三叉路が浮かぶ。

「言い掛かりは止してくだせィ、俺とこの人は初対面ですぜ。なァ?」
「はあ……」
「お前は初対面でも俺は違うんだよ! おい女、こんなところで何してやがる」
「この重箱と向かってる方向から考えれば、花見に向かうところだってこたァ鼻垂れたガキにもわかりやすぜ」
「オメーは黙ってろ!!」

 巻き込まれているのか差し置かれているのか、よくわからない二人のやり取りには頬を掻いた。
 しかし重箱が総悟の手にあるままのため、銀時たちのところへ向かうこともできないのである。
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「おーい、ちゃん? これは一体どーゆーことなのかしら?」

 銀時にそう訊ねられても、にもよく理解できていない状況のため首を傾げるしかない。


 当事者であるはずのを差し置いた土方と総悟の攻防は、結果、総悟の勝利に終わった。
 土方がに何かを言えば、総悟が横から冗談とも本気とも取れる冷やかしや皮肉を切り返して、それに土方が噛み付き揉める。そして何度気を取り直そうとも総悟が横から答を掻っ攫って……その繰り返しだった。

 総悟を相手にしてすっかり辟易してしまった土方に、後続の男たちは皆同情を浮かべていた。
 そして改めて花見に向かい出した彼らと共に、は銀時たちの許へやって来た。重箱が総悟の手にあるため、そうせざるを得なかったと言う方が正しい。


「第一回陣地争奪、叩いて被ってジャンケンポン大会ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 本当によくわからない状況だ。
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「あらあら、美味しいお弁当ね。これってちゃんが作ったんでしょう? すごいわね、私なんて卵焼きしか作れないから。はい、皆さん遠慮してなかなか食べてくれないからよかったら食べてね、どう? お口に合うかしら?」

 バリッ ボリッ ザクッ ガリッ……

「美味しい」
「本当? よかったわ! ささっ、もっと召し上がれ」

 新八が筆舌に尽くし難い顔でこちらを凝視していた。
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 まるでふわふわと浮いているような心地だ。
 平行感覚がままならずに千鳥足になり、ふらつくたびに肩を貸してくれているの動きが鈍る。覚束ない意識の中で、銀時はに対して申し訳なさを覚えた。

 思えばを預かるようになってから、自分を含め万事屋と言う集合は何かとの世話になっている。
 を頼むと依頼され、それなのに自分たちの方が余程世話になっているのだ。万事屋として全く持って形無しである。

ちゅわ〜ん」
「はい」
「明日は味噌汁、すっごい熱いの飲みたいと思うんですがァー……どうでしょ?」
「わかりました」

 本当に、大人としても形無しである。
20071227