028
「おい娘、どうして貴様が銀時のところにいる?」

 定春の口内から救出した長髪の男は、を認めると瞠目して、いきなりそう問い詰めてきた。
 見覚えがある気がする長髪の男には首を傾げる。質問の理由が解せない。それともどこかで会ったことがある気がすることに理由があるのだろうか。

「家主が留守ですので、仕事の依頼はまた日を改めてお越しください」
「おい、俺の質問に答えろ」
「義理がありません」

 取り付く島もなく言い切るの言葉には、突き放すような響きがあった。
 すると部屋の奥で電話のベルが鳴り出した。けれどは取りに向かおうとする素振りも見せない。

「電話だぞ、出なくていいのか」
「私にその権利はありません」

 男が眉を顰めた。「大事な用事だったらどうするんだ」と言うが、の態度は変わらない。
 電話のベルが切れる。するとまた、すぐに再び鳴り出した。

「お前が出ないのなら俺が出る」

 言うが早いか男はずかずかと万事屋に上がり込み、奥の部屋に入ると電話を取る。
 後を追ったはその様子を静観した。
029
 一、己を晒すな。
 一、気を許すな。
 一、香りを残すな。
 一、心を残すな。

 だから私は動かない。
030
「銀時、あの娘は一体何者だ?」

 鏡を見ながらマジックで頬に線を書く桂が唐突にそんなことを訊ねてきた。
 同じく眉間に線を引く銀時は桂の言いたいことが把握できずに眉を顰める。書いたばかりの線が眉間の皴に合わせて動いた。

「お前のところにいた池田屋のときの娘だ。何故あの娘がお前の家にいた?」
「何だヅラ、ちゃんに気でもあんの? 残念だがオメーみたいなロリコンに大事なちゃんはやれねェよ」
「ヅラじゃない、桂だ。それにロリコンでもない、俺はどちらかと言えば熟女が好みだ」
「オメーの女の趣味なんかどうでもいいっつーの」

 で、何が言いたいんだよ?
 鏡から目を放して桂を振り返った銀時の目は真剣そのものだった。普段のひょうきんさからは掛け離れている。銀時のその様子に桂は目を眇めた。

「俺が何を言いたいのかはわかってるのだろう、銀時」
「……」
「あの娘は只者ではない。癖なのだろう、常に足音を立てずに動き気配も殺している。あそこまでの技術はただの町娘が持つものではない。あの娘は一体何者だ? 何故お前のところにいる?」

 何故万事屋にいるって?
 ――― 仕事だからだ。
 何者だって?
 ――― そんなことはこっちが訊きたい。

 『を頼む』と、見も知らない依頼人が言ったのだ。
031
 ほかほかとした白いご飯。
 出汁がよく利いている味噌汁。
 油がじゅわじゅわ言っている焼き魚。
 よく漬けてある漬物。

 満腹になった食後に出される熱い緑茶に顔を上げた銀時は、それをすぐに受け取らずに目の前の少女を見つめた。
 「いらないんですか?」と問うように首を傾げるその仕草に、ふっと笑いが零れる。

 ちょっとした動作でも蘇ってくる傷の痛みが、ほんの少しだけ癒えた気がした。
 ならば少女が一体何者であっても、銀時は気にしない。

 何故なら彼女も、背負い込んだものの一つに数えられるから。
20070928