017
の視線は落ち着きなく彷徨い、至るところを物珍しげに映していた。不思議なものが一杯溢れている場所だ。には用途の解せない代物が多い。 しかしは、もっと不思議なものを見つけた。 (ひと……?) しかし何故、テーブルの下にいるのか。 物を乗せて食事をするために使うものだとばかり思っていたものに、実はそんな使い方もあったのか。 間違った知識をが身に付けた瞬間だった。 018
「新八」「は、はい。どうかしましたか、さん?」 「『いいなずけ』って、何?」 「は?」 鼻息荒く銀時に決闘を申し込んだ男の背を見て、は首を傾げた。 019
「余計なウソつかなきゃよかったわ」橋の欄干に手を乗せ、ほうっとお妙がため息をつく。 自分に言い寄って来たストーカー男は強い。道場の娘として、お妙はそのことを敏感に感じ取っていた。いくつもの死線を潜り抜けていなければ、決闘前にあの落ち着きようは在り得ないから。 「心配いらないヨ。銀ちゃんがピンチの時は私の傘が火を吹くネ」 「何なの、この娘は」 姉の尤もな言葉に、新八は返せる言葉がなかった。 そしてふと、神楽を挟んだ隣に立つ少女を見る。つい最近から依頼の一環でしばらく万事屋で預かることになったという少女は、ぼんやりとした瞳で厠に行った銀時が戻るのを待つ男を見ていた。 「さん、大丈夫ですか?」 「……何が?」 「も心配することはないネ。もしもの時には私に任せるアル」 新八を見て、神楽を見て、お妙を見て。 男の方へは視線を戻す。と、向こうの方から銀時が戻ってくるのが見えた。 「銀時は負けないよ」 それは断定。 020
橋の上から飛び降りる勢いが乗った新八と神楽の蹴りをまともに受けた銀時が立ち上がるのを待って、は彼と歩き出す。何つー奴らだとか、ちゃんは優しいなァ、とか。今日はあれが食べたい、デザートも欲しいとか。 そんなことを言っている銀時の言葉をは右から左に聞き流す。そしてふと、振り返った。 先程まで自分たちがいた場所に、お妙の姿はもうない。帰ったのだろう。 すると野次馬に混じってやたら目立つ姿があった。着物ではない、黒い洋服を纏い、煙草を吹かした男。 「ちゃん?」 「……そう言えば、何か買って帰らないと今晩はご飯と梅干だけになりますよ」 「あー、ンじゃあスーパー寄ってくか。金はァ……」 「黙っているように言われていましたが、あります。新八から管理を任されましたので」 「あの野郎、余計なことしやがって……」 「加えて、銀時が甘いものを食べ過ぎないように見張れとも言われました」 身体の芯を走る熱はない。 021
『白髪の侍へ』知り合いという大工から人手不足だと半ば強引に仕事を依頼されて連れて行かれた銀時の元へ、昼食を差し入れるべく向かっていたは電柱に張られたその張り紙を偶然にも見つけた。 最後に『真選組』と書かれているその張り紙。見たところ張られたのはつい最近のようである。 (まさかね) 立ち止まっていた足を再び動かして、は近くの路地裏に入った。 そしてトンッ、と地面を蹴る。道なりに進むよりも、 何よりこちらの方が、は余程通り慣れていた。 022
その気配はトンッと聞こえた音と共に現れた。何の前触れもなく。小さな鈴の音を響かせて。バッと反射的に動いた土方は腰の刀に手を伸ばしたが、そこにあるはずの愛刀は今さっき両断されてしまい、刀として機能しなくなっている。ならばと総悟から借りた刀を取ろうとしたが、問題のそれは突如現れた気配の足元にあった。 チッと舌打ちをし、そして土方は目を見開く。 「オメーは……」 そこにいたのは一人の女。しかしただの女ではない。 池田屋の一軒の折、先程斬り合った白髪の侍と共にいた女だ。しかし騒ぎの隙に乗じて姿を消し、付近一帯をいくら捜索しても見つからなかった女だ。 一見して忍び装束に見えなくもない格好の女は周囲をざっと見回すとようやく土方を見た。 静かで、何を考えているのかわからない黒曜石のような輝きを持つ瞳だった。 ゴクリ、喉が鳴る。 「血のにおい」 ぽつり、呟く。 初めて聞く声に抑揚はなかった。 瞳は、土方のすぐ側に落ちている彼の折られた刀身を映す。そこには先程、白髪の侍の左肩を切った時の血が付着している。割れて砕けた瓦にもぽつりぽつりと滴り、飛沫が飛んでいる。 少女はその血を食い入るように見つめていた。その姿は隙だらけで、土方は少女の足元にある刀を取るために体勢をわずかに低くした。しかし刹那、少女はそんな土方の気配を敏感に察知したように反応する。 黒曜石は土方を映し、眇められた。 次の瞬間、少女はその場から姿を消していた。瞬きをした、そのほんの一瞬の間に。 023
見開いた目をそっと細め、沖田は口角を上げた。まるで瞬間移動でもしたかのように、いつの間にか四五件離れた家の屋根まで移動し少しの躊躇いもなく屋根から地上へ飛び降り姿を消した少女がいた。 少女の登場に腸が捩れるくらい動揺していた土方の姿よりも、ずっと鮮明に脳裏に残っている。 どこかで見たことがあるような気がして少し考えてみれば、池田屋のときにそう言えば、似たような少女をほんのちらりとだけ見た気がした。確かのその後、近辺をくまなく捜索しても結局見つけられなかったはずだ。 沖田の笑みが深くなる。 20070912
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