012
「あー……お嬢さん、お名前は?」
「……」
「もしかして『』ちゃん?」

 鉄仮面のように表情のなかった少女がわずかに目を細めた。
 銀時はこの反応を肯定と取り、今さっき受け取った便箋の内容が見えるようにに向ける。は銀時から紙面へと視線をずらし、その内容を読み取ると再び銀時を見る。

「これ、どういうことかわかる?」

 回答が得られることは正直あまり期待していなかった。
 はあまりに無感情すぎる。池田屋で見たときは今よりも少し人間らしかったような気がしたが。

「そのままの意味かと」

 けれど銀時の予想に反しては簡潔にそう答えた。
 これに銀時は多少の驚きを感じたものの、「そのままって?」と訊くまでもないことを訊ねる。

「私の身柄はあなたの手に委ねられた。ならば私はあなたに従うということです」
013
 かぶき町の一角にあるスナックの二階にその居を構える万事屋銀ちゃんの主人こと坂田銀時は、この状況に頭を痛めた。普段であればこんな状況は「面倒くせェ」の一言に尽きて関わり合いを避けるというのに。
 しかしいくら避けてもいつも向こうから寄ってくる「面倒くせェ」ことを、やはり今回も避けることはできなかった。

(前払いって、あークソ、これが狙いか)

 金を受け取ってしまっては断ることもできない。それも事前の手紙にあったとおりのかなりの金額であれば尚更だ。
 依頼のキャンセルをするにしても依頼主の消息は知れず、断ったら断ったで、任された少女を一体どうすればいいのか。

 銀時の直感が告げていたのだ。
 今銀時の目の前で三日振りだと言う食事をしている少女をあのまま連れ帰らなければ、少女はあそこにいつまでも留まり続けていたと。飲まず食わずの状態で、いつ来るかもわからない迎えを待って。


「悪いな、今新八がいないんで食事も出せなくてよ」
「いえ、食物をいただけたご好意だけでも十分過ぎることです」

 不思議な食べ物ですね、と。
 銀時が大切に保管し、神楽の魔の手から奇跡的に逃れていた甘いチョコレートを口にしては述べた。
014
「ただいまアルー!」

 その日、帰宅した神楽は、室内に漂うなんとも空腹を刺激する美味しそうな匂いに敏感に反応した。
 ここ万事屋で料理をするのは新八だけである。不味くはないが特別美味くもない、まあないよりはマシかと、そんな程度の腕前の料理である。
 ここまで、匂いだけで美味しそうと思わせる料理を新八が作ったことなど、神楽がここに来てからただの一度もなかった。

「新八ィ?」

 だから神楽は少なからず警戒した。
 新八にここまで美味い料理を作る腕はない。そんな酷い根拠を基にして。

「しんぱ ――― !?」

 台所を覗けるその位置まできた時、眉間目掛けて飛んで来たものを神楽は人差し指と中指で挟んで止めた。
 飛んで来たのは、微塵切りされた玉葱が付着した包丁だった。
015
 は少し呆気に取られていた。
 我先にと言わんばかりにがっついて食にありつく目の前の二人に。こんな食事風景は今までに見たことがなかった。

「……お口に合いますか?」

 食べてもらえているということは少なくと不味くはないということだろう。
 しかし味付けの好みが彼らの口に合っているのかどうかまではわからない。自分の、と言うよりもがこれまで料理を作ってあげていた人の好みに合った味付けで作られているから、ひょっとしたらと言う可能性が十分にある。

「すっごく、美味しいアル!!」
「あっ、神楽テメー! そりゃ俺のだ!!」
「早い者勝ちアルよ。この世は弱肉強食ネ!」

 しかしどうやら、杞憂だったようである。
016
 人々が朝の活動を開始する時間から随分と時間が経過した頃に、新八は万事屋の戸を叩いた。
 しかし初めから家主と居候が起きている期待などしていない。新八はため息をつくと合鍵を使って玄関を開け、室内に入った。

「銀さーん、神楽ちゃん。朝ですよー、起きてください」

 効果がないとわかりつつも玄関先でそう声を上げながら草履を脱ぐ。
 と、ガラッと奥の間に通じる戸が開く音がして新八は驚いた。バッとそちらを振り返ると、一人の見知らぬ ――― いいや、どことなく見覚えのある少女がいた。

「え、っと……?」

 どうしよう。
 って言うか、誰ですか。
 何で、ここに?
 こんなところで何してるの?
 あれ、ここって万事屋だよね?
 あれ? あれれー?

「は、はじめまして。志村新八です」

 混乱した新八はとりあえず、礼儀として挨拶をしてまず自分から名乗ってみた。
 会釈した新八を少女が一瞥する。



 どうやら意志の疎通を図るための第一段階はクリアできたようである。
20070912