007
 出掛けたときはまだ太陽も頂点に達していなかったと言うのに、戻ってみれば既に時刻は逢魔が時を迎えていた。
 ぽつりぽつりと明かりが灯り始めている民家の中、未だ明かりが灯っていない在り来たりな様式をした一軒の長屋の玄関前に立ち、はこん、こんこん、こんと決まったテンポで引き戸の窓を叩き、玄関を開けた。

「ただ今戻りました」

 滑り込むように中へ入り、素早く扉を閉めると、帰宅を告げるにしては少々固い口調で事務的に告げる。
 しかし暗い室内からの応答はない。

 入口に背を向けたまま、ぐるりと室内を見回す。
 するとはそのまま、今入ったばかりの玄関から再び外に出た。今のこの短い経過時間の間に、外はすっかり夜の帳がおりていた。けれど構わず、は地面を蹴った。
008
 三日間にも渡る取り調べにより警察に拘束され、ようやく釈放されたと思えば脱獄犯と遭遇して。
 どうにか家に帰れたと思えば、結局のところ四日間にも渡って警察に拘束されてしまった。脱獄犯の片棒を担いだとして事情聴取を受けたのだが、あれは状況的に仕方がなかったというのに。

 流石に四日間も留守にしていれば郵便物が溜まっていた。
 とは言っても四日分の新聞ぐらいしか投函されていなかったが、その中に銀時はひとつの白い封筒を見つけた。

 ヘタクソな字で書かれている宛名は間違いなくここ、万事屋。それもご丁寧に銀時に指名である。
 古新聞が置かれている場所に今日の分以外の新聞を放り、指定席であるデスクの椅子に腰を下ろした銀時は差出人の名前がない手紙の封を切り、中身を確認した。
 封筒の中には便箋が一枚あり、そこに書かれている文字は封筒の文字と同じでヘタクソだった。


 手紙の内容すべてを読み終えるのには大変骨が折れた。
 それでも最後まで目を通したのは、文の書き出しに仕事を依頼したいと言うことが書かれていたからだ。それも前払いで、かなりの額だ。ここのところ全く仕事の依頼がなかったため、食いつかないわけがない。

 手紙を読み終えた銀時は立ち上がり、出掛けて行った。
 今日は久し振りに肉が食えるかもしれない。
009
拝啓 坂田銀時 殿

 唐突だが、万事屋である貴殿に仕事を依頼したい。本来ならこちらが直接そちらに伺い依頼すべきだが、止むを得ない事情によりこのような形になったことを謝罪する。
 依頼内容についてだがこの手紙を読み次第、下記にある指定場所へお越しいただきたい。猶予はこの手紙の消印より五日以内だ。五日を過ぎた場合はこの話をなかったことにさせてもらう。もし引き受けてもらえるのなら指定場所にいる小生の代理である女から依頼内容の詳細について書かれた封書を受け取ってくれ。
 尚、報酬は前払いとさせていただく。仕事の完遂度によっては更に追加で報酬を払わせてもらおう。

 いい返事を期待している。
敬具
010
 手紙を何度も読み返して、銀時は頭を掻いた。
 手紙の指定場所である港の倉庫街には銀時以外に人の姿は見られない。海鳥が数羽、空を飛び貨物の上で羽根を休めているだけだ。

 封筒に押されている消印は自分らが池田屋での一件に巻き込まれた当日だ。まだ期日には猶予があるはずなのだが、いくら見回してみてもやはり銀時以外に人の姿はない。
 何度確認してもまだ期日にはまだ日がある。指定場所もここで間違いないはずだ。

(そういや……)

 ふと銀時は思い出して、手紙の指定場所が書かれている下に追伸として書かれていた一文を思い出し、もう一度手紙によく目を通した。やはり、指定場所に着いたら、次の言葉を小さな声でいいから口にするようにと書かれていた。
 ご丁寧に読み仮名まで振られている、最後のそれが合言葉だ。

(えーと、合言葉は……)





――― リィン

 背後で清らかな鈴の音が上がった。
011
 鈴の音と共に現れた気配に銀時は驚愕し、振り返りながら飛び退いた。
 腰に差している木刀を掴み、しかし抜くまでには至らなかった。

 そこにいたのは見覚えのある一人の少女だった。肩に届くか届かないかの長さがある黒い髪に、太腿の半分も裾がない柄なしの死装束のように白い着物。その下の細い足は黒いスパッツを履き、胸元からは鎖帷子(くさりかたびら)が覗いていた。
 両袖についた鈴が先程聞こえた音の根源だろう。

「えーと、もしかしなくてもお嬢さんが雇い主の代理?」

 合言葉を口にした途端どこからともなく現れたのだから、ほぼ間違いないだろう。
 念のため確認する銀時だったが、少女は何も言わずに右手に持っていた封筒を銀時に向かい突き出した。あまりに無感情すぎる反応に銀時は頭を掻き、少女と封筒を交互に見る。

 あの池田屋の騒動の際、桂に拉致同然に連れられて巻き込まれてしまった目の前の少女は十代後半といった年齢だろうか。
 騒ぎの間に姿を消してしまい、真選組が近辺をくまなく捜索したが結局見つからなかったと聞いていた。

 とりあえず、銀時は突き出されている封筒を受け取る。
 手紙にはここで依頼内容の詳細について書かれた封書を受け取ってくれとあったから、おそらくこれがそれなのだろう。

 封を切った中身はこれまた一枚の便箋。
 書かれていた内容はたった一文。


を頼む。』
20070907