001
 とある往来に置かれた真っ赤な顔したヤツの横長の口に、懐から取り出した封筒を押し込んだ時のことだ。
 ドカンッという爆発音。そして大地の揺れ。
 はっとして振り返った先には、もくもくと煙が立ち上っていた。風に流れて火薬のにおいがここまで届く。その独特なきな臭さに、の眉間には皴が寄る。

 爆心地から逃げ出す人の波の中で唯一、はその場に立ち尽くしていた。
 まるで睨み付けるかのように立ち上る灰色の煙を見上げる。

 そしてようやく我に返ったときには ―――


「おいこらヅラァァァ!! どさくさに紛れて何少女誘拐してんだァ!? もしかしてあれ? お前ってヅラじゃなくてロリコンですかァァ!!?」
「ロリコンじゃないヅラだァ! じゃない、桂だァァァ!!」

 男二人で、姦しかった。
002
 床の間に置かれたカラクリを見つめる眼鏡少年とチャイナ少女。
 鼻をほじりながら畳に寝転がる白髪男。
 自分をここまで抱えて連れて来た長髪の男が消えた襖。

 これらを順に見回したは頬を掻いた。


(どうしよう……?)

 それ以前にここ、どこですか?
003
 イヤな話だ。
 朧な感情が込み上げる。
 気分が悪い。

 勝手に人を連れ込んだ挙句、完全に人の存在を忘れ去って盛り上がる面々。
 いい加減、帰ってもいいだろうか。これまでおとなしくしていた自分が馬鹿らしくなって、は取り敢えず彼らに自分の存在を気付いてもらおうと試みた。


「あの ―――」

「御用改めである!」


 けれど、世の中はそんなに甘くなかった。
004
 長髪の男の次は白髪の男に抱え上げられて、は黒服に刀を持った連中から逃げていた。
 長髪の男曰く、黒服の連中は『真選組』と言う幕府の組織らしい。対テロリストの警察だとか。

 そんなことはどうでもいいが、何故関係のない自分まで逃げているのだろうとは思う。
 目の前で襖が蹴破られたと思ったら襟首を掴まれ、気付いた時にはこの状態だったのだ。しかし自分には逃げる理由がない。

(いつになったら解放されるんだろう……?)
「オメーは黙ってろ!! 何その戦国大名みてーなモットー!」

 男二人に今度はチャイナ少女を加えてやはり姦しい。
 耳元で上げられる怒鳴り声にが顔を顰めた時だ。追い掛けて来る黒服の中で断然足の速い黒髪の男と ―――


「オイ」
「――― ッ!」
「ぬを!!?」


 それはもう反射だった。男に後ろ向きで抱えられていたは身体を後方へ思い切り傾けた。
 突然の負荷にを抱える白髪の男の身体は前のめりになり、立て直すことができずに倒れたが問題はない。寧ろ倒れなかった場合の方が問題だった。
 唯一追い付いてきた男の一突きが壁に突き刺さる。あと一歩遅ければどうなっていたかわからないギリギリの回避に、受身を取り損ね強かに背中を打ったは身体の芯が熱くなるのを感じた。

「逃げるこたァねーだろ。折角の喧嘩だ、楽しもうや」
「オイオイおめーホントに役人か? よく面接通ったな、瞳孔が開いてんぞ」

 頭上で繰り広げられるくだらない言い合い。
 白髪の男は身体を起こすとに手を貸し、さり気なくの身体を奥へ押した。先に行けということだろう。おとなしく、はそれに従おうと黒服の男に警戒しながら後退した、その時だった。


「土方さん、危ないですぜ」

 まだ若い、少年という言葉が似合う第三者の声がした。


「うおわァァァ!!」

 続いたのは爆音。
005
「お膳立てされた武士道貫いてどーするよ。そんなもんのためにまた、大事な仲間失うつもりか?」

 武士道。それは、己の信念とも言えるものなのではないだろうか。
 他の誰でもない、己自身の。

「俺ァ、そんなのはもう御免だ。どうせ命張るなら、俺は俺の武士道を貫く」

 そして何より、自分にはなかったもの。
 ただ命じられるがままに動き、己の考えと言うものを抱くことすらなかった。


「俺の美しいと思った生き方をし、俺の護りてェもん護る」

 自分の中にはなかった選択肢。
006
 一気に誰もいなくなった部屋にぽつんと残され、はその場を動けずにいた。
 座り込んだ畳に爪を立て、顔を俯かせ、微かにその肩を震わせて。

 その時、近いところでまた、大きな爆発の音が上がった。
 はのろのろと立ち上がる。


「帰らなくちゃ……」


――― リィン

 たった一音の余韻。
20070907