「は? え……えっ!? な、何を言うとんの?」

 思ってもみいひんかったさんの言葉に一番驚いたんは、やっぱり当事者の侑士やった。
 不慣れっちゅーか慣れたない事象の連続もあって、普段の賺した態度は昨日の時点で既に木っ端微塵やったけど、それでも酷い動揺っ振りや。お陰でこっちは逆に冷静になったわ。気持ちはわからんでもないっちゅーか、寧ろ同じ気持ちやけども。
 やってさんの今の言い方やと、まるで侑士の行動をさんが操作したみたいに取れるやん。

「俺がこっち来たのは自分の意思やし、決めたのは半月前の話やで? 俺とさんはまだ知り合ってもおらん頃の話や、そないアホなことある訳ないやろ」
「従兄弟くんにとっての話とわたしにとっての話は別だから、時期や面識の有無は関係ないよ。そもそもわたしは、彼との初対面の時点で、従兄弟くんの存在を一方的に知っていたし」
「…………は?」

 昨日夜遅くまで詰め寄ってきた時にちゃんと、規格外のさん相手に俺らの常識は通用せんと忠告しとったっちゅーのに。どうやら侑士は、さんの規格外っ振りを甘く見とったらしい。
 悪い意味やなく非常識なさんの言動にすっかり翻弄されて、完全に思考停止しとる。
 そのまま、あまりにも長い時間瞬きせんもんやから流石に心配なって、目の前でひらひら手を降ってみたところ、どうやら呼吸まで停止しとったらしい。侑士はハッと息を吐いて、挙動不審に俺とさんの顔を交互に見て、言葉にならん思いを訴えきよる。
 ……ほんま、普段の姿が見る影もあらへんな。大丈夫かこいつ。

「君たち二人は、血縁関係を抜きにしても力の根幹がとても近しい。陰と陽、プラスとマイナス。そういう、持ちつ持たれつの関係にある」
「プラスとマイナス……それってひょっとして、忍足さんが傍におると謙也さんの力が弱なってたのと関係あります?」
「大いにね。二人の力は近しいけれど決して相容れず、全くの対極にある。だからこそお互いの力を相殺し合い、結果としてそれがお互いの弱体化に繋がってる。でも、それはここ半月間での話」
「半月って、転入生の一件の頃やな。もしかして、忍足がこっち来るのを決めた時期とダブっとるのとも関係があるんか?」
「関係あるどころか、その件についてはアレが原因そのもの」

 一方で、そんな調子のさんに慣れたなくても慣れてしもとる光とユウジが、侑士の動揺さえ気に止めず切り込んでく。置いてきぼりの侑士は最早、光、さん、ユウジ、さんと、発言順にそれぞれを目で追うだけで精一杯や。
 とか思とったら、もう何度目になるかわからん新事実の発覚と共に、さんの視線が俺に向けられた。

「碌でもないのに限って好かれる君が、わたしと出会ったあの日まで何事もなく生きて来られたのは、従兄弟くんの存在があったから。けれど三年前、従兄弟くんが東京へ引っ越したことをきっかけに、君は抑止力を失い、自覚がなければ制御もできない力が少しずつ漏れ出すようになった」

 ……さんの性格的に氷帝学園の所在地を知っとるとは到底思われへんけど、ここは一先ず知っとったと仮定してや。何で侑士が引っ越したのが三年前て知っとんねん。侑士の名前は出さんでも、ちょいちょい話題にしとった部活の連中は兎も角、さんには“氷帝学園に通う忍足侑士言う従兄弟がおる”としか教えてへんはずなんやけど。
 まあ敢えて突っ込まんけど! 主に侑士の精神衛生的に! 黙っとけば俺が教えた情報と思うやろし!!

「お正月やお盆は勿論、今みたいな連休は破天荒な部長の無茶がない限りは、従兄弟くんも小まめに帰省して君を気に掛けてはいたみたいだけど、やっぱり物理的な距離による溝は大きい。その上、あの時の君の傍にはいろいろ背負った部長くんがいたから、誘発された限界が本来よりも早くに迫っていた」

 と思とったけど、俺が知らんちゅーよりも気付いとらんかったら、恐らく侑士の方も気付かせんようにしとったことを、第三者であるはずのさんがさらっと暴露しよった。
 侑士はそれをさんが知っとることに驚愕したり、暴露されたことに赤面したり。かと思えば、何でそれをさんが知っとるのかと根本的な疑問に気付いて蒼白したりと、百面相に大忙しや。
 せやけど言われみれば、この連休に侑士が帰省して来るのは今年が初めてやけど、去年も一昨年も、あの跡部に連れて行かれた先から、わざわざ電話掛けてきとったな。せやかて腹立つ自慢話された記憶しかあらへんわ。
 まあさんが言うなら、それも俺に気取られんようにした結果のことなんやろけど。

「そして漏れ出す力に引き寄せられた彼女と遭遇した時、君の力は完全に開花した。それは持ちつ持たれつである従兄弟くんの覚醒を意味するものでもあったけど、二人の力は従兄弟くんが陽でありプラス、君が陰でありマイナス。君と対極にある従兄弟くんは、だから昨日が初の心霊体験になった」

 えっと、つまり、アレか。あの日以来、俺が何度も命の危機に瀕しとったのに対して、侑士は今までと変わらん日常を送ったっちゅーことか。
 何それズルい。侑士が無事でよかったと思うのも確かやけど、今までの九死に一生を考えると、そう素直に簡単に割り切れるもんでもないんやけど。

「謙也と忍足の力の関係はわかったけど、それがどう、の所為で忍足がこっちに来たっちゅー話になるんや?」

 さっきまでは当事者ど真ん中やったけど、今は第三者になっとるユウジの質問に、一瞬さんの視線が泳いだ。
 何や今の。突っ込む間もなく、さんは口を開く。

「……従兄弟くんが今回帰省したのは、彼の喪失を感じ取ったから」
「謙也の喪失?」
「虫の知らせとでも思ってくれればいい。自覚のない彼を幼少期から何度も救ってきた従兄弟くんは、扱えてはいなくとも“力”の自覚をしていたから、自分と対極にある彼の存在を感覚的に認識していた。――― ところが半月前、その彼の気配が消えた
「……いや、半月前どころか今もずっと、さんたちの前におるんやけど」
「視覚的にはね。気付いていないようだけど、半月前のアレに感化されて強くなってるんだよ、君」
「…………え?」
「因みに、力のある人間は漏れなく全員ね。力がない人間も、個人差はあるけど経験値を稼いだ状態にある」
「………………」
「嘘だと思うのなら、君は今度部長くんの背後に目を凝らしてご覧。五人目の影くらいなら視えるだろうから」

 冗談やろ、とは言われへんかった。さんが言うたことあるの、過去に一回だけやし。それも笑えへん内容の。

「とは言え、本当に微々たる成長だから気にするほどのことじゃないよ。けど均衡を保っていた二人の力関係を崩すには充分だった」
「それは能力値のことか?」
「そう。成長したことで、彼の方がほんの少しだけ従兄弟くんを上回ってしまい、従兄弟くんは彼を感じ取れなくなった」

 ――― 嗚呼、わかって来たで。さんが何を以て、自分の所為言おうとしとるのか。
 ちゅーか、それについては前にも言うたはずやのに。どうしてさんはこうも自分を悪にしたがるんか。
 そう考えると無意識にため息が零れた。思いの外大きく響いた場違いなその音に、さんが口を噤んで俺に向き直る。必然的に全員の視線が俺に集中した。

「あんな、さん。大事なことやからもう一遍言うとくけど、俺はさんのこと恨んどらんし恨むはずないし、寧ろ感謝しとるで。人生、命あっての物種やん」
「……その話、最初に先輩が謙也さんのこと助けとらんかったら、そもそもこないなことは起こらなかったとか、そういう話っすよね」
「まあ確かに、忍足がこっち来たのは謙也が理由なんやから、半年前にその謙也が死んどったら、理由自体がなくなるな。……せやからて、いくらなんでも極端やないか? 謙也一人の生死が俺らの命運を分けるとか、謙也は一体何様やねん」

 なんか、どさくさに紛れて貶されたんやけど。
 せやかて今回一番危険な目に遭うたのは他ならんユウジやから、ここは一先ず甘んじとく。

「ちゅーか、さんはそもそも誤解しとるで」
「誤解? わたしは事実を述べてるだけだよ」
「ちゃうちゃう。そういう話やのうて、俺らは誰が原因とか悪いとか、そういうのはええねん」

 意味がわからないとでも言うように、さんは首を傾げる。
 すると呆れた顔したユウジが俺の言葉を引き継いだ。

「仮にや。真実が全部悪いとしても、最終的にはそのに助けられとる。自分が撒いた種をちゃんと自分で回収しとるだけ、良心的やと俺は思うぞ。いつもかて、自分は何も絡んどらんのに助けに来てくれとるし」
「今日集まったのは、先輩が自分の所為言うた真意が知りたかっただけですわ。あれ聞いた人らが先輩をバッシングしたらかないませんから」
「……何、それ。わたしなんかを擁護するつもり? そんなことのために、わざわざ話を聞きに来たの?」
「なんかでも、そんなことでもあらへん。重要なことやで」

 今回の一件の原因がすべてさんにあっても、これまでずっと、さんが何度も俺らを助けてくれとった事実があることも、忘れたらあかんっちゅー話や。
 大体、こう何遍も命の危機に瀕しとると、何が原因かとか誰が悪いとか、どうでもよくなってくんねん。
 そら二の舞を演じひんよう教訓にするためには、時には突き詰めることも大事やけどな。いちいち責任の所在を追及して、誰が悪い何が悪いとか言うとるとキリがないやん。追及したとこで特する訳やないし、その対象が仮に身内やったら、今後もまた一緒に危機に直面するかもしれへんのやから、気まずいだけやし疑心暗鬼になってまう。
 そもそも原因云々より、今度も無事生き残った事実の方が余程重要やで。

「まあ何が言いたいのかっちゅーと、さっき侑士に先越されてしもたけど ――― 今回も助けてくれて、ありがとうっちゅー話や」
「俺も今回はあのオカマの所為で、がおらんかったら廃人になっとったとこやったから、ほんまに助かったわ」
「“声”が聞こえるだけの俺は役に立てることが少ない代わりに、先輩らと比べて迷惑掛けることも少ないと思うんで、その分できればこの人らのこと今後もお願いします。人間的にも能力的にも傍迷惑な人たちすけど、これでも一緒に全国目指しとる先輩たちなんで、せめて大会まではいてもらわんと困るんですわ」
「……おい、光。自分の初めてのデレにええ後輩持ったわとか、一瞬でも喜んだ俺の感動を返さんかコラ」

 言葉の柄は悪いけど表情は笑とるユウジと、迷惑そうな顰めっ面しとっても肩に回された腕を解かん光のじゃれ合いに、場の空気が軽くなる。お陰で侑士も平静を取り戻せたみたいで、二人を呆れた目で見れるだけの余裕はあるようや。
 あ、けどその代わり、さんが呆然としとるわ。

 それもやがては、最初の頃によう見た曖昧な表情に変わっとったけど。
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