侑士の言うてることは飽く迄推測や。ほんまのとこがどうなんかは、さんかこの事態の元凶にしかわからん。
 けどオネェさんの不在が、侑士がここにいてることと一緒でいつもの俺らとはちゃう、原因の可能性として挙げられるのは事実や。

「そうは言うても、学内におる時にオネェさんがユウジの側を離れるのは、何も今回が初めてやないで?」
「それはそれで、何か条件が欠けとったんやろ。それこそ俺の存在かもしれんし、違う何かかもしれへんけど、全部が俺の推測や。当たっとるかどうかはわからん」
「……。……いや、……多分、当たっとると、思う」

 そんでも流石に、そんなまさかっちゅー半信半疑に繕うような半笑いが浮かぶ。したら、なんと他でもないユウジから、肯定の声が上がった。はっきりとはせん煮え切らん言い種やったけど、肯定は肯定や。
 その当人に目を向ければ、ユウジは自分で肯定しときながら、その事実にどこか戸惑っとるように見えた。
 そして言葉がまとまったんか、しばらく間を置くと、沈黙の中に説明を求める俺らへ口を開く。

「謙也、憶えとるか? 半月前に転入生がテニスコートに突撃かました時、後輩の一人がから言うて、ルーズリーフに書いた手紙を持って来たことがあったやろ?」
「あ、ああ。“副部長くんに任せれば問題なし。”て書かれてたやつやな」
「あん時にあのオカマ、と接触しとる人間が自分らには認識できひんように、の持ち物も自分らには認識できへんて、言うとったよな?」

 言うてた。他にも、人間であるユウジの目を介しとるから今は見えとるとか。その話に驚いたのと、まるで時々によって見え方がちゃうみたいなオネェさんの言い方が引っ掛かったのとで、よう憶えとる。
 でもその話と侑士の推測に、一体何の関係があるんや?

「ここからは俺の推測になるんやけど、恐らくの持つ特性は、物に対してだけ伝染するんやと思う」
「特性が伝染する……?」
が奴らに知覚されへんのは、がそれを上回る規格外の力を持っとるからなんはわかる。けどの持ち物は、がただ所有しとるだけの代物や。何か曰くがある訳でもない、大量生産品の中の一つに過ぎひん。そんな物の一つがと同じ性質を持つとしたら、持ち主であるの影響としか考えられへんやろ」

 言われてみれば、確かにその通りやった。もしさんの性質が人にだけ影響を及ぼすもんやとしたら、極端な例を挙げると、自身は知覚できんでも身にまとっとる衣服は知覚できるっちゅーことになる。それこそ一体何のホラーや。
 でも実際、そないなことはあらへん。
 感覚が霊のそれに近いらしい俺は、さんからのアクションがない限り、さん本体だけやなく、さんに関わる物質的なもんも認識の外にあるけどもや。断じて制服だけが一人歩きしとるとか、そないな場面は見たことがあらへん。

(――― ん?)

 そこでふと、引っ掛かりを覚えた。
 でもそれが何であるかはわからへん。出て来そうで出て来ん、もどかしさにもやもやする。

「その影響がどのくらい持続するのかはわからん。けどあの時のオカマの発言から考えて、の手許を離れると、時間の経過に合わせて徐々に失われていくもんなんやと思う」
「……それ、わかる気がしますわ」
「一氏の推測に、何か思い当たる節があるんか?」

 侑士に訊かれて頷いた光の視線が、何故か俺の方を向く。

「謙也さん、初めて先輩に助けられた日の翌朝、先輩と一緒に登校しとったって話でしたよね?」
「お、おう。間一髪でさんに助けてはもろたけど、一人になったら間違いなく人生終わる言われたさかい。いろいろあって、その日はさんの家に一晩お世話になったからな」

 流石に恥ずかしくて、安堵のあまり号泣して寝落ちしたことは伏せて話せば、それでも光は得心がいったように頷いた。
 その代わりに、横で侑士がぎょとしたかと思えば冗談抜きのマジ顔になっとる。最初の説明では、九死に一生の心霊体験してさんに助けられたて、ほんまに掻い摘んでしか話さんかったから、後で根掘り葉掘り訊かれると思うと面倒以上に憂鬱やった。
 あそこまでの体験、もう二度と御免やし、思い出したくないんやけど……。

「ちゅーことは謙也さん、その日の夕飯も翌朝の朝食も、先輩の料理をご馳走になったいうことですよね?」
「そういえば、自分のことよう話さんから事情は知らんけど、一人暮らしらしいな」
「あ、ああ、そや。さん朝は和食派みたいでな、付け合わせのお新香が売り物とは思えんくらい絶品やったで」
「そのお新香、実際売り物やなくて、先輩が漬けたやつですわ。いつも弁当なんで前に料理が好きなんか訊いたら、小学生の頃に糠漬けの奥深さに目覚めた言うてたんで」
「……あー、俺は会うたことないからよう知らんけど、さんて、その……変わった子なんやな」

 侑士。それフォローになっとらん。寧ろ直球や。
 あと正確に言うと、俺が口にしたのは翌朝の朝食だけや。寝落ちしたことは言えんから、敢えて訂正せんけど。

「つまり、あの日の謙也さんは、先輩の手料理、それも丹精込めて作った物を口にしとった。その影響で、謙也さん自身に先輩の性質が伝染しとったんだと思います。あの時の謙也さん、触れとると雑音が小さくなったんで驚いたんすけど、小春先輩に会うた頃には効果が無くなっとったんすわ」
「そういえばあの時の光、ごっつ驚いた顔して、人の腕を掴んだり放したりしとったな」

 半年以上経って、ようやく光のあの奇妙な行動の意味がわかったわ。
 同時にユウジの推測が一気に信憑性を帯びたもんになる。

「ちゅーことは、やっぱり……」
「……やっぱり、なんやねん」

 それがわかった時、ユウジの表情は厳しさを増した。
 何かを確信した言葉は先を知るのが恐ろしくてかなわんかったけど、知らんままでおれへんのが悲しい。無情や。

「……。……ええか。光が聞いた“声”によると、“アレ”は残る一つの椅子を探して徘徊しとる。そしてが接触しとった物は、の存在と一緒で、霊たちにとって存在してへんもんになる」
「……おい。まさか、残り一つの椅子って……」
「ああ、の座席や。しかも“アレ”は“声”が何重にもなるくらい彷徨っとる今も、最後の椅子を見つけられずにおる。どないな法則なんか、の性質が未だに継続しとるんや」
「成る程、だから一氏が狙われたんか」
「ユウジ先輩の霊媒体質を利用して、その目で先輩の椅子を探す気なんすね」
「でもさんの存在を知らん奴らがどうしてそないな真似を……」
「そらわからん。けど厄介なことだけは確かや」

 俺の疑問の答は、恐らくさん本人に確認するしかあらへん。
 だから今は一旦保留にして、事態の原因か乃至は理由が判明したんなら、次に優先すべき事項は、ここからどうやって脱出するかや。

「俺の身体が目的でここに呼び込んだんなら、恐らくその目的が達成されるまで、出口が開かれることはあらへん」
「せやからて、その目的を達成さす訳にもいかんやろ。一氏に掛かる負担が大きいし、何より、それでほんまに出口が開くかわからんのや。リスクがデカ過ぎる」
「そしたら忍足さんは、いつになるのかわからん、先輩の影響がなくなるのをただ待つんすか? そら確かに、ユウジ先輩を犠牲にするみたいなやり方には反対すけど……」
「……いや、犠牲にはならんと思うぞ」

 何や不穏な方向で話が進んどるけど、自分らちょい待ち。一番重要なポイントを忘れとるで。

「考えてもみ? あのさんの席やぞ? 取り憑かれた瞬間に着席すれば、そんな連中はさんパワーでイチコロ間違いなしやん」
「言われてみれば」
「それもそやな」
「待ち。さんてほんまにそない規格外なんか?」

 侑士に訊かれて、思わず光とユウジのそれぞれと顔を見合わせた。

「だってさんやもん」
「そら先輩すから」
「それがやからな」

 そして言い方は違えど内容は同じ、すべてが集約されとる俺らの異口同音に侑士は頬を引き攣らせた。
 その気持ち、痛いくらいようわかるで。けどこれが紛う方ない事実やねん。深く考えずにありのまま受け入れた方がええ。これ、経験者としての助言な。
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