恐る恐るっちゅーよりは遠慮がちに手を挙げながら「ちょっとええか?」伺いを立てた侑士に視線が集まる。
 三対の視線を受け止めた侑士は挙げた手を顎に移して、口にする言葉を選んどるのか、ゆっくりと口を開いた。

「大まかな事情はさっき謙也から聞いたんやけど、さんが言うとったっちゅーその能力値の話は、自分の力より強い力は認識できひんっちゅー解釈でええか?」
「ああ。例外的に、力の強い奴が弱い奴にわざと知覚させることもあるらしいけど、大体はそんなとこやな」
「ナルホド。そんで謙也は、その能力値で言うと自分らの中で一番強い。せやけど今はどういう訳か弱体化しとる、と」

 改めて侑士に言われて「あ」と納得する。

「だからさっきから、何も視えへんし感じひんのか!」
「……どういうことすか?」
「いやそれが、俺にもようわからんのやけど、こんな状況やっちゅーのに何故か碌に視えへんし感じひんねん」

 その理由を俺はてっきり向こうの力が強なっとるからと思とったけど、ユウジの言うことが正しければ、実際は逆。
 けどそうなると、何で俺の力は弱なったんや?

「謙也の弱体化の原因は多分、俺や」
「……は?」

 なんかこのやり取り、さっきもやらんかったか?
 そしてやっぱり「コイツは何を言うとるんや?」っちゅーのが露骨に出てたんか、侑士はむっとした顔で俺を睨む。その横でユウジが待ったを掛けた。

「そう思う根拠は?」
「今といつもの自分らを比べた時の大きな相違点言うたら、俺の存在の有無や。それと謙也本人にもさっき暴露したばっかやけど、俺には無自覚に自分から危険地帯へ突っ込んで死にに行こうとする謙也を、十年以上こっちに引き止め続けて来た過去がある。つまり俺は、そういう存在と謙也の間を隔てる壁になってたっちゅー訳や」
「……ちょお待て。十年以上て、謙也……」
「しかも自分から突っ込むて、謙也さん……」

 止めて。侑士の言い回しはちとあれやけど、自覚のなかった俺には否定できるもんでもないから、その点については何も言わん。いや、言われへん。
 せやけどせめて、そない、口ほどに物言う目で見んといて……!

「それに、ここへ逃げ込むのに一氏が引きずって来た時の謙也は、いつもの謙也やったんやろ? そして今は弱体化しとる。それが一時的にでも俺と離れたからやとしたら ――― ほな、こうすると、一氏にはどう視える?」

 居た堪れなさしかあらへん二対の瞳に縮こまる俺と、侑士は言いながら肩を組んだ。そないされたところで、俺的には特に何ともあらへんけど、瞠目しとるユウジ的にはどうやらちゃうらしい。
 それは視えるユウジにだけわかる変化なんか、聞こえるだけの光が「どんな感じすか?」とユウジに質問する。

「どうもこうも、そら何も視えへんし感じひんやろなっちゅー納得の状態や」
「つまり、忍足さんの推測通りっちゅーことっすね」
「そういうことやな。ちゅーわけで、謙也の件に納得いったとこで質問なんやけど、さっきって一体何があったんや? いきなり謙也に突き飛ばされて、そのまま財前に引きずられてここまで来たけど、その間悪寒が半端なかったで」
「そら命の危機に瀕しとったんやから、そんなん当然やろ」

 肩に回された腕を払いながら、アホなことを訊いて来よる侑士に呆れる。

 いや、けどよう考えれば、ひょっとしたら侑士も俺と同じなのかもしれん。
 いつもは働く勘が現状全く機能せん言うてたし。それが俺と別行動で離れた、もっと言えば侑士の腕を掴んどった俺との接触が途切れた、あの短時間だけ回復しとったとしたら。視えへん言う侑士には悪寒ちゅー形で危機感を示したいう可能性も、ゼロではないんと思うんやけど……。
 でも、一を知って十を知るさんがいてへん現状じゃあ、どれも推測止まりやな。確認は一先ず後や。

「命の危機て、どんな?」
「どんなって、そら……」

 命の危機は命の危機であって、それ以上でも以下でもないもんやろ。
 要領を得ない侑士の質問やったけど、改めて訊かれて考えてみると、上手く答えられへんのも事実や。

「命よりか、存在の危機言うた方がええかもしれないっすね」
「存在の危機? ……ますますわからんのやけど、どういうことや?」
「謙也さんが視えるだけなのに対して俺は聞こえるだけの人間なんで、ユウジ先輩たちが言う“アレ”っちゅーのを含めて、今もずっと“声”が聞こえてるんすわ」
「えー……と? ちょい待って。視えるだけ聞こえるだけって、力の強さ以外にそんなのもあるんか?」

 こんなん非科学的な事象や。それでなくとも、何となくの勘が働くだけの侑士からしたら、視えるとか“声”が聞こえるとかいうんは未知の領域やろう。
 さっき掻い摘んで説明した時には省いた部分でもあった俺らにできることを説明すると、理解は兎も角として、侑士は取り敢えず頷いた。
 そして、光に話の続きを促す。

「複数の“声”が同時に喋るんで何を言うとるのか、よう聞き取れないんすけど、唯一“アレ”の“声”だけがはっきりしとるんですわ。ちゅーても途切れ途切れで、聞き取れたのは、わたし、ぼく、あたし、おれ、いう複数の一人称。それと“いす”と“どこ”と“すわる”っちゅー単語ぐらいすけど」
「“いす”と“どこ”と“すわる”? うーん……それだけで考えると、自分が座る椅子がどこか探しとるっちゅーことになるけど……」
「あほ。そない単純なわけ ―――」
「いや、合うてますよ」
「――― 合うとるんかい!」

 俺にボケたつもりは全くなかったんやけど、俺の推理とも言えん推測を否定しようとして不発した、ユウジの乗り突っ込みが炸裂する。
 流石は四天宝寺が誇る名コンビのツッコミ。見事な裏手やったわ。

「多分、二人が“アレ”に見つかったタイミングだったんやと思います。それまで不明瞭だった“声”が急にはっきり聞こえるようなって、いろいろ言うてたんすわ」
「い、いろいろ……?」
「誰かいる、また増えた、残りは一つ、座れないとか、そんなことっすね。そしてユウジ先輩が叫んだあの時、それまでずっと、てんでバラバラだった仰山の“声”が一つになって言うとりました」

 ――― 一つになれば、みんなが座れる。

「あの時、仮に二人を殺すつもりだったんなら、一つになる、なんて言い回しはせんでしょう? しかも一つとみんなが同義語になっとるっちゅーことは、“アレ”はみんなが一つになったものってことですよね」

 確かにそれなら、“影”は一つで“アレ”も一体しかおらへんのに、一人称が複数だったっちゅーのにも納得できる。
 それに言われてみれば、“アレ”は俺らに覆い被さるように襲い掛かってきとった。その後の貪るような動作が俺らを取り込むために食い付き、飲み込む動作だったとしたら。命より存在の危機いうのにも納得できた。

「ほな“アレ”の未練が残り一つの椅子に座ることやったとして、問題は、どうしたらここから脱出できるのかやな」
「学校が舞台のホラーの定番いうたら七不思議ですけど、先輩ら知ってます?」
「小春が前にしとったような気もするけど、下手に知ると意識して目が向いてまうから、よう憶えとらんわ」
「俺も。知ったらまともに学校生活送れる気がせえへんかったから、敢えて知ろうとは思わんかったわ。光は?」
「そもそも興味ないんで、先輩たちと似たようなもんすね。けど定番を言えば、音楽室とか女子トイレとかですけど……そういえば、ここって先輩関連以外では、あんまそういう系統の話を聞きませんね」
さんの存在が一番のホラーやからな」

 それ以上に有り難みもあるけど、この点については全員の共通認識さかい。ユウジも「せやな」光も「そうっすね」同意する。
 一方で、話にしかさんを知らん侑士は、俺らが上げたり落としたりするさんについての認識に困惑気味やった。けどそれがさんであって、他に言いようがないんやから、こらしゃーないっちゅー話や。

「あと思うんすけど、脱出方法より、この状況に至った原因を探る方が先やないすか?」
「? 何でや?」
「前に先輩が言うてたでしょ。「万物には必ず何かしらの意味があり原因があり、そして理由がある」て。つまり今回、俺らがここに閉じ込められとるのには、何かしらの原因、乃至は理由があるんやないすか? 俺らがこの校舎を出入りしとるのは何も昨日今日の話やないですし」

 言われてみれば、それもそやな。学年の分の時間を俺らはこの校舎で過ごして来たのに、こないな出来事は今回が初めてやった。鳥居の内側にある学校は、血塗れの女とか転入生とかの余程強烈なもんでない限り、ほとんどの危険を弾き返しとるんやから、まあ当然や。
 それが今日に限って起こったっちゅーことは、今までなかった条件が揃ったっちゅーことであり。今までなかったもん ――― 人間いうたら、一人しかいない訳で……。

「いや、ちゃうな。この件の原因は俺やないで」

 思いたくないけど、俺とお互いに及ぼし合っとる前例がある手前、否定は難しい。
 俺がそう思たのを読んだかのようなタイミングで、侑士は自分の無実を主張した。慌てるでもなく、酷く冷静に。

「や、別に責めるつもりはないで? せやけど他に思いたるもんが……」
「だから、俺やない言うとるやろ。大体、もしほんまに俺が原因なら、閉じ込められとるのは俺と、俺と一緒に校舎へ入った謙也だけのはずやろ」
「……言われてみれば、それもそやな」

 侑士が校舎に入ったことで条件が揃ったとしたら、確かにそや。
 それによーく思い出してみれば、昇降口に足を踏み入れたのは、下駄箱への先導役やった俺のが若干先だった。そしてあの瞬間には既に、境界線を越えた違和感が俺の中にはあった。

「多分、入口を開けたのは一氏と財前の方や。そして俺の推測が正しければ、原因は一氏、お前や」
「は? 俺? ……何でやねん」
「俺の存在が自分らの中にプラスされたもんなら、反対にマイナスになっとる存在がおるやろ」

 ここにいてる侑士に対してマイナスちゅーことは、ここにいてへん存在……?

「――― あ! オネェさんか!!?」
「せや。そして、ほんまに原因がオネェさんいう存在の有無やったとしたら、“アレ”の目的は一氏や」
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