死神いうたら、身の丈を越す大きな鎌と骸骨っちゅーのが、おおよその人間が抱いとるイメージやないかと思う。
 漫画や映画なんかやと大体そんな表現されとるし、ゲームになると、即死系の魔法でそういう格好の死神がその鎌で命を刈り取る描写されるのが結構あるし。
 そんなイメージに対して、あの白石のそっくりさんはあまりに掛け離れた存在やった。ローブっちゅーファンタジーな恰好はしとったけど、鎌を持ってなければ骸骨でもないし。そもそも死神っちゅー以前に、さっきも言うたけど神様らしい威厳が全くあらへんのやから。

(ちゅーか、寧ろ人間くさい?)
「死神という存在に、君たちがどんなイメージを持ってるのかは知らないけど」

 そんな疑念を感じ取ったんか、さんの注釈が入る。

「彼らの仕事は魂を回収するあの世への案内役であって、彼らが対象の“死”に関わることは絶対に在り得ないよ」
「えーと? 死神なのに“死”に関わらないん?」

 根本的やけど重要なことを質問すれば、さんはそんなことを訊かれるとは思ってへんかったっちゅー感じできょとんとして、それから困ったように眉尻を下げた。
 そしてその表情が示す通り「何て言えばいいのかな」言葉を探して視線が宙を泳ぐ。

「人と神様の言う“死”は全くの別物だから、ちょっと意味合いが違ってくるんだけど、そうだね。人の“死”というものは、いつどこで誰の身に訪れるのかは、全知全能の神にも知り得ないものなんだよ」
「え、それって……」
「天命とか天寿っちゅうもんはないってことなん?」
「そうだね」
「でも先輩、今から何時間後にどんくらい離れたとこで誰がどうして死ぬて、前に予言してましたよね?」
「あれはそう意味の“死”ではなかったし、予言は確定でなければ行動如何によって回避できるもの。実例は今のところ二人しかいないけど、だから君の先輩は今も生きているでしょう?

 文脈がちとおかしいんやけど、それはあれか。あの時のさんの介入がなかったら、俺と白石は半年前に死んどったっちゅーことか。……いや、実際さんがいてへんかったら間違いなく死んどったけども。
 今になって改めて突き付けられた話に背筋がぞっとする。白石も顔面蒼白や。

「だから死神たちも、その仕事をこなすには後手に回るしかない。人の“死”に彼らが介在する余地はないんだよ」
「ちょい待ち。死神が魂の案内役っちゅーなら、ワタシたちみたいな存在がおるのはどういうことやねん? まさか回収漏れか?」
「彼らの仕事は完璧だよ。ただアナタたちの存在が魂とはまた別にあるだけ」
「魂とは別の存在?」

 もともとの顰めっ面に皺を一本足したオネェさんに、さんは一つ頷いた。

「人間っていうのは肉体と魂、そして心の三つからできてる。この内の肉体の終わりが人の言う“死”にあたり、器を失った魂は死神に回収されるけど、人としての個である心はそれだけでは形を保てずに消滅する。でも稀に、良くも悪くも強い現世への執着によって、消滅を免れる心がある。それがアナタたち幽霊と呼ばれる存在」

 新たな情報が出て来たし思てへんこと言われるし衝撃的やしで、どうにも頭が追い付かん。取り敢えず、人の“死”とか死神っちゅーもんが、現実と俺らの認識とでは別物なのはわかった。理解と納得はまだできてへんけど。
 一方で、オネェさんはさんの回答に何を思とるのか。眉間の皺を更にもう二本増やしとる。
 それにしても、他でもないないオネェさんに幽霊とは、の自覚が全くあらへんのが不思議やった。死神の仕事は完璧言うし、お迎えがあった時のことをオネェさんは憶えてないんやろか?

「で、話を戻すけど」

 ため息混じりに、さんが遠ざかった本題を引き戻す。

「アレは実の両親からも醜女と罵られ続けた女に顔立ちの美しさを羨まれ、生きたまま首から上の皮膚を剥がされて殺されてね。マスクにされたんだよ」
「マス、ク……?」
「馬とか福助とか、あるでしょ? あんな感じ」

 あんな感じ、て。わかりやすい説明やけど、そんな、さらっと言うことちゃうわ! いつものことやけど!
 ちゅーか! わかりやす過ぎて余計な想像掻き立てられたっちゅー話や!!

「しかもアレは、やたらと自分の容姿を自画自賛していた“声”の通り、特に自分の顔に対して強い執着を持っててね。痛みよりも顔を剥ぎ取られたことの方が余程ショックで、通常は死んだ肉体の側に留まっているはずの魂が心ごと行方不明になってしまった」
「……で、ケンヤくんがみた夢に繋がるんやな」
「そう。そしてあの突飛な思考回路と、部長くんを始めとした君たちへの執着がとんだ奇跡を起こして、今回の一件に至った」

 オネェさんの言葉に頷いて、さんは話を締め括る。

 話を聞き終えた俺の胸に去来するのは何とも複雑な思いやった。
 正体不明の恐ろしさに転入生を避けまくって被害者面しとった俺らやけど、転入生かて、一方的な理由で殺された被害者やったなんて。だからって、さんを叩き潰す発言や小石川を貶めようとしたことが、ちゃらになる訳やないけど。悪くだけ言うことかてできひん。

「言っとくけど、アレに同情の余地も価値もないよ」
「なっ!? そんな言い方せんでも……!」
「神様にすら定められない“死”は何故訪れるのか、わかる? 他でもない、自分自身が招くものだからだよ」

 いつになく冷たい突き放したさんの物言いに噛み付くけど、勢いはさんの目を見た途端削がれてしもた。
 凪いだように静かな、いつも以上に何を考えとるのかわからん瞳や。

「どんなに些細なものでも存在している以上、万物には必ず何かしらの意味があり原因があり、そして理由がある」
「つまり、アレが殺されたのにも何かしらの意味や原因、理由があると?」
「因果応報ってやつだね。外見とは対照的に中身は醜悪で、自分の言動が死を招いたんだよ」
「……けど、そやかて殺されてええ理由にはならへんやろ」

 確かに“声”の内容からも、転入生の性格がええとは決して言えへんかったけど。でもそんな人間、転入生に限ったもんやないはずや。
 それをあげつらって、死んでも仕方ない道理っちゅーのは間違っとるやろ。そしたら世の中にはどんだけ、死んでも仕方ない人間がおんねん。

 反論する俺をさんは静かに見つめて、かと思えばふっと、これまで見たことない ――― 初めて見る穏やかな微笑を浮かべた。
 状況にそぐわんどころか思わぬもんを直接向けられた俺は勿論、側におる白石も光も、オネェさんまでもが、衝撃のあまりぎょっとして硬直する。

「君が何故、碌でもないのに限って好かれるのか、納得した」

 何やそれ、どういうことやねん。
 初めて見せてもろた笑顔に喜んでええんか、言われた内容に動揺すればええのか。困惑する俺を余所に、幻だったんか言うくらい一瞬で表情を消したさんは、更にこう続けた。

「でもそのままだと君、やっぱり早死にするよ

 ……ちょい待ち。やっぱりって何やねん。
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