「っちゅー、夢をみたんや」

 いつの間にか時が流れて迎えとった放課後。保健室のベッドの上で、俺はそう話を締め括った。
 ベッドを囲うように集まっとるさんを除いたいつもの顔ぶれを見回せば、みんな揃って似たような表情をしとる。いろんな感情がない交ぜになった複雑な顔や。多分それは俺もやけど。
 けど一人だけ、それでも若干表情の違う人間がおった。

「……ナルホド、大体の事情はわかったわ。せやけど……」
「せやけど?」
「何で、そない大事な話にワタシを呼ばんかったんや……!!」
「いや、オネェさんが自分の意思で来んかったんやん」

 ユウジの身体を借りとるオネェさんに、思わず素の突っ込みをしてまう。

 視聴覚室に集まった時、ユウジに身体の主導権を握っとる訳やなかったら近くを浮遊しとる訳でもないオネェさんの所在を聞いたら、小春から離れたない言うから置いて来たて言っとったし。それも、オネェさんとセットにされたのが気に食わんかったんか、訊いた俺のことをごっつ凶悪な顔で睨み付けながら。
 せやから過ぎたその話にいちゃもん付けられても、俺にはどないしょうもない。自己責任っちゅー話や。
 指摘するとオネェさんは悔しそうにキーッてなっとったけど、そこはユウジの矜持を慮ってそっと視線を逸らしといた。

 ところで、何で俺がベッドの上にいるのかっちゅーと、目が覚めて状況に混乱する俺に説明してくれた白石曰く、俺はあの阿鼻叫喚の直後に突然ぶっ倒れたらしい。
 二重の意味でそれこそ混乱する白石たちと違て、例の如く微塵も動じてなかったったっちゅーさんによれば、転入生の気に当てられたとかで。それは今話した夢の内容からも間違いない。前にさんの過去をみた時と同じや。

「それはそうと、さんは? 俺が気を失っとる間に何があったん?」

 状況を説明された折に、怒鳴るような校内放送で生徒指導室に呼び出されて、不在にしとるとは聞いたけど。
 そもそも何で、さんは呼び出しなんてされたんや?

 問えば光は肩を竦め、白石は言葉に迷うように言い淀んでオネェさんを見た。
 その視線を受けて冷静さを取り戻したオネェさんが、これまた何とも複雑そうに顔を歪める。

「多分、ちゅーか間違いなく、嬢ちゃんが仕出かしたと思われとるんやろなぁ」

 頭を掻きながらそう呟いて、今度はオネェさんが語る。

「自分が気絶しとる間に二人から聞いた話やと、嬢ちゃんはコイシカワくん贔屓の神様がアレに天誅しに行った言うたんやろ?」
「せや。そしたら直後に、物凄い悲鳴が聞こえて……」
「それ、事情を知った今考えると、天誅の結果が招いたもんやな。タイミングがええんか悪いんか、アレがまたコイシカワくんを嵌めようとアホなことして廊下のど真ん中で注目を集めとった時やったから、ワタシのコハルちゃんを含めて目撃者多数のトラウマもんやったわ」

 忌々しそうに舌打ちするオネェさんの口からさり気なく、小春は自分のもん発言が聞こえたけど、今はそこへの突っ込みは置いといてや。
 転入生、朝のあれで不信感持たれてその浅慮な策略が空振ったんやから、そこで大人しく手を退いとけばええのに。自分のクラスが駄目なら他クラスにて狙いを変えたのかもしれんけど、方法を変えてもそもそもの嵌めようとした相手が悪いで。

「な、何があったん……?」
文字通り、化けの皮が剥がれたんよ。……首から上の皮膚が剥ぎ取られて血が滴り、内側の赤々とした筋肉や、ところによっては骨が見えとった。昨今稀に見る猟奇的な姿やったで」

 言われても、最初はいまいちぴんとこんかった。自分の目で見てないからそらしゃーない。
 けどこれでも医者の息子や。人体の構造に関しては人より多少の知識があるつもりで、せやからいらん想像力が働いてまう。自分の顔から血の気の引く音が聞こえた気がした。

「勿論、廊下は大混乱。アレが注目と人も集めて人口密度が高なっとったもんやから、我先に逃げ出そうと押し合いし合いや。しかも本人は自分の状態に全く気付いとらんし、戸惑いながらもそんな連中を引き止めるか落ち着かせるかしようとしたんか、近付いて声なんて掛けるもんやから、ますますパニックになってなぁ」

 一種の地獄絵図やったで、あれ。
 オネェさんは遠い目をする。

「で、流石におかしい思たんやろ。ふと窓を見たアレがそこに映った自分の有り様に気付いて悲鳴上げて、パニックにパニックの上乗せや」
「そ、それから、どうなったん?」
「消えた」
「……え?」
「瞬きの一瞬で、電源が落ちるみたいにアレの悲鳴が唐突に途切れて、その姿が消えとった。理由とかそこら辺は、あの場にいてへんでも嬢ちゃんのが詳しいやろから、そっちに聞いて ―――」
「神様のお迎えが来たんだよ」

 オネェさんの言葉を遮るように、第三者の声が告げた。
 向こうからのアクションがない限りその存在を認識できひん人の声に、俺は固よりユウジの身体で感覚を介しとるはずのオネェさん、既にオネェさんの話を聞いとったんか聞き手に徹しとった白石や光までもが仰天させられた。
 弾かれるような勢いで振り返ると、出入口よりも俺らがおるベッドに近いとこにさんが立っとった。毎度のことながら、いつの間に入って来たんやろ。

「っの、おるならおるてはよ言わんかい!!」
「アナタたちが気付かなかっただけでノックはしたし、入る時にも「失礼します」と言ったよ」

 胸を押さえて怒鳴るオネェさんに、さんはため息して肩を竦めた。
 理由はどうあれ、そこまでされとったのに気付かんかったのはこっちの非や。いくら寿命が縮む思いしてもさんを責めるのはお門違いっちゅーもんで、それがわかるから、オネェさんは更に続けようとした文句を堪えるように唇を噛んだ。

先輩、大丈夫でした?」
「先生たちは何て?」
「特には何も。三時間も座りっ放しで疲れた」

 驚きから復帰した光と白石が心配して訊ねるのに、さんはちと的外れな返答をした。同じだけの時間を、恐らくはあの校長を含む先生らに囲まれてたっちゅーのに、そこは一切気に止めてへんその図太さは流石やと思う。
 ちゅーか、そんなん気にする性格なら、今みたいになっとるはずがないわな。

 なんて失礼なことを考えたのがバレたんか、ふとさんの視線が俺に向けられた。
 じっと見つめられて今度は何やと反射的に身構えてまうのは、これまでの経験を思えばしゃーないっちゅー話や。

「……君、随分図太くなったね」

 それ、さんにだけは言われとうないと思た俺は、悪ないと思う。

「で、お迎えてどういうことなん? 神様て、小石川を贔屓しとる神様か?」
「気持ちが急くあまり、あの場にいた副部長くんのことをうっかり失念して、彼にまでトラウマを植え付けたことに落ち込んでる神様が、アレに八つ当たりはしても慈悲を与える訳がないよ」

 それも未遂で終わったけど、てさんがさらっと言うた“それ”ってあれ、八つ当たりのことやんな。
 現場にいてへんかった俺やけど、あの阿鼻叫喚が更に凄惨なことになっとった可能性があったて、そんなん知りたなかったんやけど。

「わたしが言ってるのは、君が夢にみた方の神様のこと」
「……あの白石のそっくりさん、ほんまに神様やったん? 自称やなくて? 何ちゅーか、俺が想像する神様の威厳っちゅーもんが全く感じられへんかったんやけど」
「一度ならず二度までも対象を見失うような間抜けな神様だからね、それは仕方ないと思う。因みに部長くんと似てたのは、部長くんがモデルなんだから当然だよ」

 説明の場にもいてへんかったさんが何で俺の夢の内容を知っとるのかとか、そんなん突っ込む気はない。突っ込むだけ白石の嫌う無駄でしかないし、さんやぞ。疑問にするだけ無意味や。すべてはさんだから”の一言で片付くし、何より集約されとる。
 せやからこの場合、気にすべきは二番目の疑問や。
 その疑問に関わる白石が、さんの話にきょとんと瞬いて首を傾げる。

「モデルて、俺が? ……どういうことなん?」
「あの神様が言った通り、餞だよ。対象が最も強く想うひとの姿でお迎えに行く、慈悲という名のね」
「慈悲なぁ ――― て、ちょっ、タンマ! まさかと思うけど、白石そっくりの神様の正体て……」

 なんてことはないっちゅー感じで言われた説明に危うく聞き流すとこやった。
 けど最期とかお迎えとか、転入生がもう死んどる人間やったっちゅーことを踏まえ考えると、その神様が“死”にまつわっとるのは必然的で。

「死神だけど」

 言ってなかったっけ、なんて相変わらずさらっと、さんは何でもないことのように言うた。
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