そこは自分の手足を見ることも、そもそも自分に身体っちゅーもんがあるのかもわからん。闇とも黒とも言えへん不思議な場所やった。
 けどそれこそ不思議な話、そんな訳のわからん状況やのに、何故か恐怖心やその類いの感情は全く湧いてこん。それどころか逆に酷く穏やかな気持ちになる。力に目覚めてからっちゅーもの、いろんなもんが視えるし襲われるしで、すっかり遠退いとった感覚や。こんなん最近はさんの傍におらな得られんようになっとったのに。
 そんなことを考えながら、身体と同じで存在するのかわからん視線を巡らせた時のことや。

「あっ! いた!!」

 喜びに上擦った人の声が聞こえた。
 と思ったんと同時に、一体どこから、どうやって現れたんか。この闇とも黒とも言えん場所に同化せぇへんかったら、何故かその姿形をはっきり認識することできる。ファンタジー世界で見るローブ姿の人間が目の前に立っとった。
 これには流石に驚いたけど、あるかもわからん身体では咄嗟に身を退くこともできひん。
 そんな硬直する俺の目の前で、ローブの人物 ――― さっきの声と体格から男とはわかるけど、顔はフードで見えへん ――― は現れた時と同じ唐突さでしゃがみ込むと、膝に額を擦り付ける形で深く長く息を吐き出した。

「あー、ホントよかった! 一時はどうなることかとチョー焦ったけど、見つかってよかった! マジでっ!!」

 どうやら安堵のため息やったらしいそれに、いくつかの疑問が湧き上がる。
 それを問おうとした俺は、せやけど面を上げた男のずれたフードの下から覗いた顔に言葉を詰まらせ、息を呑んだ。

(白石……?)

 いや、違う。よう見れば別人やけど、ぱっと見は本人と見間違えるくらい、よう似たそっくりさんや。
 第一、最初に聞いた声からして白石とちゃうかったし、喋り方も東京訛りで、仮に白石が東京訛りでもせぇへんような言葉遣いやった。

――― 白石蔵ノ介……?

 せやのに、俺は白石の名前を呼んどった。――― いや、俺であって俺やない別の誰か、女性というには幼い女の子の声や。
 耳っちゅーよりも身体で聞いたその感覚に、一つだけ憶えがあった。
 あの時一度体験しただけやけど、あまりに強烈な映像過ぎて今も印象深く記憶に残っとる。夢と言うには夢に欠けた、惨たらしい現実の出来事。

「しら……? 誰?」
――― 違うの?
「違うけど、ああそうか。そのしら何とかって、キミの好きな人だろ」

 やっぱり白石やなかった男は呼ばれた名前にきょとんと首を傾げると、すぐに何事か納得して悪戯っぽく笑た。
 疑問符も何もなく断定的に告げられた言葉に、俺の視点になっとる、この出来事を実際に体験した女の子が素っ頓狂な声を上げる。

「せめてものはなむけってヤツで、そう見える仕様になってんだよねぇ」
――― よく、わからないんだけど。
「そういうものなんだって思ってくれてたらいーよ。説明するだけ無意味だし」

 喜んどった態度の割りには突き放すように疑問を切り捨てた男は、「さてと」と勢いを付けて立ち上がった。
 そしてにっこり笑て、こっちに向かって手を差し出す。けどこちらにその手を取れる手はあらへん。

「じゃあ、いこうか」
――― 行くって、どこに?
「こうしてお迎えに来てるんだから、そんなの一つだけでしょーよ」
――― 迎えに来たの? あたしを? ……アナタひょっとして、神様なの?
「ん? そうだよ。まあ神と言っても」
「――― やっと来てくれたのね!!」

 神様。さんの口からも聞いた夢想的な単語を、男はあっさりと、至極当然のように肯定した。
 けど瞬間、その言葉は突然テンションを上げた女の子の、身体やなく耳で聞く肉声に遮られる。同時に視点がぐっと男に近付いた。瞠目する自称・神様の瞳に、その興奮を物語るように頬を紅潮させた女の子 ――― 転入生の姿が写り込む。それを見て今度は俺が驚愕した。

「あたし、あなたが来るのをずっと待ってたのよ!!」
「……え、あ、そうなんだ。結構恵まれた人生だったのに珍しい」
「神様が愛してくれてるんだもの、そんなの当然よ!」

 さっきまでのハキハキさが嘘みたいに惚ける自称・神様に、転入生はようわからん自信でもって言い切る。
 ちゅーか、ちょ、待て。待ってや! 状況に頭がついてかんのやけど!!
 さっきまでと違て今ははっきり感じられる、自分のもんであって自分もんやない身体の存在に違和感が半端ないけど、冷静を努めて必死に思考する。

 まず、闇とも黒とも言えん視界不良の空間やのに、自称・神様とさっきまでなかったこの転入生の姿を、何故か視認できるここがどこかはわからん。
 せやけど、これが俺の視点になっとる転入生が実際に体験したことであり、さんが言う厄介な俺の素質とやらで、それを追体験しとるっちゅーのはわかる。これ入れてたった二度目の経験やけど、上手くは言えへん感覚的なもんながら断言してもええ。
 つまり過去の出来事であるこの状況をただ眺めとるしか、俺にできることは何もないっちゅー話や。あとは精々、さんの忠告を胸に刻んで、場の空気に引き摺られへんように気張るぐらいか。

 身体より先に精神から死ぬなんて絶対に御免やし。いや、身体から先に死ぬのも御免被るけど。
 あと、どうせ死ぬっちゅーなら、一思いにして欲しいわ。視える連中みたいに、死ぬ間際に苦しむ間も憎む間も悔やむ間もなく。一瞬で。

「青学も氷帝も立海も捨て難いけど、学校は蔵がいる四天でいいわ! マネージャーになった可愛くて綺麗なあたしがお願いすれば、他のみんなとはすぐに合宿で逢えるしね! 特典はそうね、容姿は元からもう充分魅力的だし勉強も問題ないから、衣食住の確約と戸籍に、あとはやっぱり逆ハー補正よね!!」

 なんて俺の思考が現実逃避気味に脱線しとる間も、どうやら以前かららしい転入生の理解不能な言動は回り続けとった。
 ちゅーか四天“で”ええて、その程度のことで俺らはあない恐怖を味わったのかと思うと、一遍ど突きたなるわ。
 けどこの転入生が俺ら以外のとこに転入しとったとしたら、さんっちゅー最強の護り手がおらん他校の連中は転入生が望む通りの傀儡になって、最終的に俺らも巻き込まれとった訳やから。こうして被害が最小限で済んだことを喜ぶべき、なんやろか。何か納得いかんけど。

「え、ええっ?! ちょっ、キミ、何言ってんの?」
「さあ、行きましょう神様!! 蔵たちがあたしを待ってるわ!」
「いや、だから ――― なっ!!?」

 自分の世界に浸っとる転入生に自称・神様の言葉は全く届いてへん。自分に都合のええ解釈するのも前かららしい。
 困惑に動揺する自称・神様の驚愕を最後に、俺の ――― 転入生の視界は闇とも黒とも言えん空間から、目を開けてられへんほどの白に飲み込まれた。




































































































「今から行くわ、あたしだけの王子様たち」





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