ただ現実とネットの中の空想を混同させとるだけなら、痛々しいだけやった。
 ネタにされとる迷惑はいくらか被ることになるけど、それでも生身の人間相手や。対抗する術はある。
 けど夢小説っちゅーもんに対する驚きやら何やらで失念してもうてた根本的な事情を、今までそうは思とっても明確にはしてへんかった言葉で突き付けられれば、話はまた変わってくる。

「さっきの続きっすけど、大方の設定に見られた共通点が、実はもう一つあるんすわ」
「な、何や……?」

 怖い、けど知りたい。
 知りたい、けど怖い。

 そう先を促せば、光は緊張しとるのか乾いた唇を舐めて間を置き、そして続けた。

「転入生か主人公、或いはその両方が、一度は死んどるんすよ
「なっ……!?」
「し、死んどるって、何でや!?」

 あまりにぶっとんだ話に絶句して、動揺のまま光に詰め寄るユウジを抑える余裕もない。
 いくら創作や言うても、登場人物が一度は? 死んどって? でも生きてて? 逆ハーレム狙って? 排除もしくは撃退して? 別の世界に来とって?
 な、何やそれ。超展開過ぎて訳がわからんのやけど! 初っ端から自分が死んでるて、そんな話がおもろいんか!? そもそもそこからどうやって話が始まるん!!?

「死んでる言うても、元いた世界で、ですよ。そこで神様が登場して、まだ死ぬ命やなかったとかいろいろ言うて、元の世界ではもう死んでもうてるから別の世界で残りの寿命を生きろ、っちゅーことでトリップ。そういう話すわ」
「そういう話すわ、やないやろ!!」
「けどもう一つ。それこそ現実と夢小説の区別が付かんようなった逆ハーレム狙いが、自分がトリップするための生贄やいうて人殺してトリップして、その生贄になった主人公も神様の力でトリップして復讐する。なんて話よりは、まだマシやと思いますけど」

 興奮しとったユウジも、流石にこれには絶句した。
 な、何やその更なる超展開。ご都合展開言うたら終いやし所詮は創作なんやから仕方ないけど、いくらなんでもそらないわ。
 そもそもその執筆者たちは何ちゅー恐ろしい設定を考えとんねん! どうせならもっと明るくほのぼのした話にしてや。設定からいきなり鬱過ぎやろ! そしてそれを淡々と語る光がまた恐ろしいわ!!

「――― 存在し得ないモノ」

 突然、白石が呟いた。

 聞き覚えのある言葉は昨日、転入生について詰め寄ったオネェさんにさんが返した転入生への評価や。
 それを今このタイミングで持ち出した白石の意図がわからなくて白石を見たけど、当の白石はじっとさんを見つめとる。

さん、ひょっとして転入生の正体に気付いとったんやないん?」
「え!? ほっほんまなん!!?」

 俺らの視線を受けて、さんは軽く肩を竦めた。

「是非もつかないのが、一番近い答だっただけ」

 相変わらずの曖昧な返答や。
 それに何とも意地の悪い言葉遊びや。さんらしい言えばらしいけど。

「ほなら、あの転入生が生きているか死んでるかで言うたら?」
「生きていると言えば生きているし、死んでいると言えば死んでいる」
「何やそれ? 真面目に答えや!!」
「だから、今言った通りなんだよ」

 声を荒げるユウジを前にしてもさんは動じず、それどころか呆れたように一つ嘆息した。
 そんな態度がユウジにはまた癇に障ったみたいやけど、さんが続けて口を開いたから結局は黙り込む。

「アレは間違いなく死んでる。けど誰もがその姿を目にし、その声を耳にし、その身に触れることができる。そんなモノ、ある訳がないのに」
「死んどるのに生きとるし、生きとるのに死んどる。せやから存在し得ないモノ、か」
「それって、つまり、ゾンビっちゅー……?」
「強ち間違ってはいないけど、そんな存在が複数の男を侍らせている様子を想像すると、流石に笑えないね」

 さんが珍しく冗談言うから思わず想像してもうたけど、失敗した。
 言ったのは自分やけど、ゾンビで真っ先に思い浮かぶのは、ハリウッド映画にもなった日本の某ホラーアクションゲームな訳で。そんなバケモノを中心にしてバケモノを取り合う、転入生的逆ハーレムの要員に数えられとる俺ら。…………そらないわ。ない。絶対に在り得へん!!

「それにしても、その書き手たちの中に誰か力のある人がいたのか ――― いや、逆か」

 ふと、さんの視線があらぬ方向を向く。条件反射的に身構えた。
 けどさんはこっちのことは気にも止めず、更にあらぬ方向へ視線を転じて、緩く首を振った。

「……さて、そろそろ戻ろうか」
「いやいやいやいやっ! ちょ、待った!!」

 そうして立ち上がろうとするさんの無茶苦茶な話題転換に、思わず声がデカなるのはしゃーないっちゅー話や。
 けど当のさんは何で待ったを掛けられたのかわからんちゅー顔しとって、俺は頭を抱えた。こんなとこでらしさを見せんでええっちゅーねん!

「頼むから、俺らにもわかるように、ちゃんと説明してや……」
「説明も何も、煩いは晴れたし、君たちが気にすることはもう何もないよ」
「もうって、さん、何かしてくれたん?」
「わたしが? まさか」

 在り得ない、とさんは否定する。確かにさんはまだ、そこまで踏み出せていてへんのやから。
 ほなら何故、煩いは晴れたと断定的でそれも過去形なのか、全く意味がわからん。肝心のさんが何もしてへん言うのなら、他に誰が、何をしたんかも謎や。

「アレが自滅しただけで、わたしは何もしていないよ」
「自滅って、あれか? 今朝さんの目の前でさんの席に居座って、クラス中の不審を買っとった」
「昨日の時点で賽は投げられていたから、今朝のは寧ろ決定打と言ったところかな」

 クラスと学年の違う二人に今朝のことを簡単に説明して、俺は考えた。
 今朝の出来事以降、クラスの人間で転入生に関わろうとする人間はおらんようになった。それでも他クラスの奴らが相変わらず転入生を囲っとったから、光景としては昨日と大して変わらんかったけど。ただその異様な光景を客観的に見られるようになったクラスの連中が、ますます転入生を気味悪がるようになっただけのことや。
 てっきり、これをきっかけに転入生の異常性が周りに知られてって……みたいな流れを想像しとったんやけど。
 さん曰く、今朝のことは発端やなく終止符で、本当の発端も昨日のことらしい。

「アレは最も喧嘩を売ってはいけない相手に喧嘩を売って、見事にその逆鱗に触れたんだよ」
「最も喧嘩を売ってはいけない相手? ……さんは、何もしてへんのやろ? ほな、他に誰が」
「神様」
「――― は?」

 さん相手に、今度はさっきまで言われる側だった光を加えての、今日三度目になる異口同音だった。

「君たちの副部長くん、とある神様に気に入られててね。神様って言うのは気紛れで、自分の贔屓以外なんて全く気にも止めないものなんだけど。副部長くんが好きなテニスやそれを構成する仲間の君たちぐらいなら、まあ少しは気に掛けてくれてるんだよ。副部長くんのために。気紛れだし嫉妬しいだから、常にって訳ではないけど」

 半年前の告白に匹敵する、或いはそれ以上の衝撃に言葉もない俺らの様子がどう見えとるのか。
 俺らが求めたさんの詳しい説明は進み続ける。

「それが昨日、事もあろうアレは、そんな副部長くんが大切にしているテニス部へ土足で踏み入り、掻き乱した。挙句の果てに、今朝はセコい手使って副部長くんを傷付けようとしたんだから。副部長くん贔屓の神様が怒るのは当然で、その上当のアレは世の理に反した存在だし、どうして存在しているのかが謎だし……」

 疲れたように深く、さんは一つため息する。

「で、アレを暴けって、その神様がわたしの夢枕に立ったのが真夜中過ぎ。あまりに五月蠅いから碌に眠れなくて、仕方なく早めに登校したついでに、昨日の現場を見に君たちの練習を覗いたのが今朝。神様が天誅しに行ったのがついさっき

 欠伸混じりの言葉尻に掛かるように、一人二人分やなかったら男も女もない阿鼻叫喚が、校舎を揺るがした。
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