いつの間にか会議室としてお決まりになっとる視聴覚室に集合した昼休み。
 相変わらずのさんが早々に弁当を広げ出したのと、つい昨日似たような状況で食いっぱぐれたのとで経験を活かした俺らも弁当を広げて、黙々と箸を動かすこといくらか。

「……それで?」

 意外にも、話の口火を切ったのはさんやった。

「アレについて、わかったことっていうのは?」
「それなんすけど……」

 言いながら、言葉の辛辣さに反して結構な甘党の光は、口にしとった購買部の自販機で売っとる紙パックのいちご牛乳を傍らに置いて、空いた手を学ランのポケットに突っ込んだ。
 冷めた態度が目立つ性格には似合わん情熱的な色の端末を取り出して操作しながら、光は言葉を続ける。

「先輩らって二次元 ――― ゲームとか漫画の世界に行きたいって思ったこと、あります?」
「…………は?」

 そして投げ掛けられた質問は、あまりに突拍子もないもんやった。
 俺も白石もユウジも、反射的に返したのはたった一文字の異口同音で、表情もまた図らずも同じく胡乱になる。

「何言うのかと思たら、自分ふざけとる場合とちゃうやろ」
「別にふざけてないすわ。ただ夢小説いうんが、そういう代物なんす」
「そういうって、二次元に行きたい言うんがか? ……全く意味がわからんのやけど」

 ユウジは苛立ったように顔を顰め、白石は「ちょい待ち」と片手を突き出して、眉間を揉むように指先を当てて唸る。けど結局、混乱頻りで降参した。
 斯く言う俺も、あまりに突飛な話に頭が追い付かれへん。
 やって夢小説ちゅーたら、転入生がその不可解な思考回路の元にしとると思われるもんや。それが具体的に何なんかはいまいちわからんけど、二次元に行きたいと思うことと夢小説っちゅーもんが一体どう繋がるのかが、もっとわからへん。

「試しにネットで検索したら一発でしたわ。――― 夢小説いうんは、自分の分身になるオリジナルのキャラを原作に投入することで、その世界を疑似体験する。一種の二次創作らしいっす」
「ええと……?」
「二次元に行きたい思ても現実には無理ですやん。こっちは三次元を生きとるんすから。せやから自分の代わりになる二次元のキャラを創って原作に登場させることで、自分が作中におる気分を味わう。……そういうことすわ」

 光の説明に、世の中には思いもよらん発想をしてそれを実行する人間がおるもんやと、思わず感心してまう。ほんの少しだけ楽しそうだとも思た。
 けど転入生のあの不可解な思考回路から鑑みると、同時に碌でもないもんに思えたのも確かや。

「調べてみたら、ネタにされてへん原作はないちゅーくらいの数があったっすよ。所謂同人すから、書き手は素人ばっかりで文章の質に落差はありますけど。ジャンルは恋愛もんが基本で、他にも友情とかギャグとか一般的なもんから、成り代わり言うて自分が原作キャラに取って代わる特殊なもんまであって、ほんまによう考え付きますわ」

 そこまで説明したところで、光は手にしとった端末を俺に差し出した。

「実際に読んだ方が手っ取り早いんで、どうぞ。前に謙也さんがおもろい言うてた漫画のライバルキャラが相手役すわ」

 確かに百聞は一見に如かず言うけど、これが転入生の行動原理になっとると考えると、何とも空恐ろしくてしゃーない。けど知らんままでおることもできひん。
 恐る恐る端末を受け取って、画面に視線を落とす。白石とユウジが左右から覗き込んで来た。

「これは……」
「確かに……」
「…………さんと同じ名前の女の子が漫画のキャラと恋愛しとる……」

 そこには確かに、俺が知っとる主人公のライバルキャラと同じ口調と性格の男と、その男に片想いしとる女の甘酸っぱい恋愛模様が綴られとった。
 それも何故か、女はさんと同姓同名や。性格は俺の知る、どこか人とずれた感性とどでかい肝っ玉を持っとるさんとは、まるでちゃうけど。せやからこれはさんを模した分身言うより、さんと同じ名前したキャラクターっちゅー感じのが強い。
 せやけど原作にはいてへんキャラが原作のキャラと恋愛をしとる。それは紛れもない事実やった。

「……成る程。夢小説というものが何かはお陰でわかったけど、その定番というのは?」
「それなんすけど、実はいろいろ見て回る内に、今の俺らの状況と似た設定の話をいくつか見つけたんすわ」
「何やてっ!?」

 今日二度目の異口同音やった。
 けどそれもしゃーないっちゅー話や。

「似た設定って、どういうことやねん!?」
「だから、そのままの意味すわ。他にどんな意味があるっちゅーんすか」
「なっ!? そのままって、それがどういうことかっちゅーことを ―――」
「ちょ、落ち着き、ユウジ! 気持ちはようわかるけど、そんなんじゃ話が進まんやろ」
「光も、こんな時やからこそ、言い回しには気を付けなさい!」

 せやけど噛み付かんばかりの勢いで光に詰め寄るユウジの様子を晒されては、驚いてばかりもいられへん。俺がユウジを抑える一方で、白石が「めっ!」と光を窘める。
 白石のまるで幼子に対するような仕種とオカンみたいな言い方に光は心底嫌そうに顔を歪めとったけど、たった今叱られた手前、流石にいつもの毒舌を披露することはせぇへんかった。

「で?」

 今のちょっとした騒動も気に止めず、さんは俺から回した光の端末を持ち主に返しながら本題を促す。
 話の口火を切ったことといい、今までにない積極性を見せるさんの様子にちと思うことはあった。せやけど今はそれを指摘するタイミングちゃうし、俺はみんなと同じく光の方に注目した。

 改まった空気に光は居心地悪そうに身じろぎして、視線を逸らす。
 そこで俺は、さっきの光の態度がこういう場だからこそ出た、光なりに自分のテンポを保とうとしてのもんだったことに気付いた。そう考えれば、白石の窘めにも納得がいく。
 ただその察しの良さが白石にとって喜ばしいもんだとは、到底思われへんけど。

「……話の謳い文句として共通しとるのは、逆ハー狙いの排除、もしくは撃退」
「逆ハー? それって確か、転入生の“声”にあった……?」
「縮めずに言えば逆ハーレム。意味は文字通り、男一人が複数の女を侍らせるハーレムの逆で、女一人が複数の男を侍らせること」

 そこからの光の話をまとめると、こうなる。

 話は大抵、時期外れの転入生の登場から始まる。
 どういうタイプの転入生かは話によるけど、大体共通しとる点は三つ。

 一つ、話の主題になっとる逆ハーレムとやらを目的にしとるっちゅーこと。
 二つ、神様ないしはそれに類する存在が関わっとること。
 三つ、トリップっちゅーて、その作品が原作として存在する別の世界からやって来とること。……世界規模の移動のどこが小旅行なんかはわからんけど。

 で、そんな転入生の登場によって崩壊した日常を取り戻すべく、事態の原因である転入生を排除もしくは撃退するのが大まかなストーリーや。
 因みに話の主人公は転入生を追い出す側の人間で、どういうタイプかは転入生と同じで話によって違うらしい。原作には出て来てへんけどその世界でもともと生活しとる一人やったり、転入生と同じくトリップしてたり、挙げてくと切りがないと割愛した光は、そこで一息つく。
 もともと口数が多い方やない光はいつになく口を動かして疲れたのか、喉を潤すに相応しいかは聊か疑問のいちご牛乳を啜った。

「何ちゅーか、途方もないもんなんやな。夢小説ちゅーんは……」
「ちゅーか非現実的過ぎて、流石に現実と混同しとるとかないやろ」
「けど確かに、俺らの状況と似とるで。そういう系統の話がいくつもあるっちゅーなら、定番いうのも納得いくし」

 いくら何でもと否定的な俺とユウジに対して、白石は逆に肯定的やった。
 そらまあ確かに、逆ハーレム狙うのが一番とか俺らを自分のもん言うてたんは紛れもないし、大まかなストーリーすら俺らと状況が似通っとるのは認める。けどここはネットの中やなく現実や。二次元の夢小説と一緒にされるとか、三次元としてどないやねん。

「先輩ら、それよりもっと重要で根本的なこと、忘れとりますよ」

 小休止を終えた光が再び口を開く。
 集まった視線に今度は身じろぎせずに、光は更にこう続けた。

「転入生が先輩を認識できひんちゅーこと。それってつまり、あの転入生が幽霊かその類いの存在っちゅーことでしょ?」
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