「まずは、本物の光っちゅう言葉や」
「俺と白石のこともそう言うてたみたいやけど、白石もさっき言うてたように、どこかに俺らの偽物でもおるんか?」
「試合中に「絶頂エクスタシー!」言う人や、自称「浪速のスピードスター」を憚らん人が他にもいるとか、冗談でも笑えないんすけど」

 真面目に考えとるこっちを茶化した光の物言いに光を睨めば、光もまた真面目な顔をしとったから始末に終えへん。
 ……普通に傷付いたんやけど。

「自分はどう見る?」
「わたし? そうだね、画面越しに見る芸能人と直接対面できた興奮、かな」
「芸能人? こいつらが?」
「とは言うけど、アレは君と対面しても同じ枕詞で絶叫すると思うよ」
「……」

 オネェさんに主導権がある時の印象が強いからか、さんに自分から話し掛けるユウジっちゅー珍しい光景やった。
 棒読みのさんの再現やなく、転入生本人の“声”での直接の発言を知るさんに意見を求めたユウジは、その答を鼻で嗤た。けどさんの切り返しに沈黙する。
 まあテニス部っちゅー括りを出してきとるし、ユウジもそのテニス部の一員でしかも知れた選手となれば、さんが言う可能性は充分に在り得る。

「けど芸能人は言い過ぎとちゃうか?」
「逆に、君たちにそれだけの知名度があるのかがわたしには疑問だけど」
「そらさん、いくら何でも酷いわ。これでも俺らテニス部は西の雄言われるくらいには強豪で、去年の全国大会ではベスト四の実績もあるんやで」
「……ああ、そういうこと」

 いくら転入生でも、夏休み明けの始業式で、他の記録を残した部活と一緒に壇上で表彰されとったのを知らんはずがないのに。
 つれないさんの言い種にちょっと落ち込みながらも説明すれば、さんは隣の白石に視線を転じ、何事か納得して頷いた。
 それに応じる白石の表情は若干引き攣っとった。そして、次のほんまに、一瞬の出来事やった。俺がこの力に目覚めて最初に白石を見た時ほどやないけど、それに等しいだけの恐怖を抱かすあの黒くて暗くておどろおどろしいグロいもんが、白石の姿を霞ませた。――― 瞬間、さんの手が伸びて、白石の目許を覆う。

「……すまん」
「自覚があるのならまだいいよ」

 あの時みたいな阿鼻叫喚は起こらんかったけど、さんが触れた効果で晴れた視界の中で、白石は少し血の気の失せた顔に無理矢理な笑みを浮かべた。
 そんな白石の頭を目許から移動させた手で軽く撫でた後、さんは「話を戻すけど」と今の件に触れるつもりはないらしい。俺らも何となくやけど察してもうたから、寧ろ触れるに触れられん。さんの対応は渡りに船やった。

「つまり、君たちにはそれなりの知名度があると」
「中学テニス界においてやけどな」
「まあ部長を始め眉目の整った人間が揃っていることだし、同年代の女子が君たちをアイドル的な何かと考えて執着し、名前を知ってるのも不思議はないか……」

 一応、外見について褒められとるはずなんやけど。場面が場面だからやろか。全然嬉しない。

「ところで、君たちはよく屋上でお昼にしてるの?」

 そんなこっちの複雑な心境を意に介さずに、さんは質問して来る。

「はっ、愚問やな。それが確かやったら、自分がいつも教室で一緒に弁当広げとる白石と謙也は、何者やねん」
「だからこその疑問だよ」

 そんなさんをユウジは鼻で一笑したけど、さんは気にした様子もなく応じた。
 理解し難いと言った転入生の思考を探るように、いつもの曖昧さがどこにも見当たらん真剣な表情で考え込む。

「自分に対する過剰なまでの絶対的な自信といい、一体何を根拠にして、君たちが屋上に集まっていると確信しているのか。発想が突飛過ぎて理解に苦しむ」
「……俺としては、仮に俺らが昼休みに屋上へ集まるのが当たり前やった場合、今日転入して来た人間が何でそれを知っとったのかが疑問すけど」
「そら……誰かが話の種にした、とか? 俺も白石も、他の連中みたいに転入生を囲む輪に加わっとらんかったから、教室ではかなり目立っとったし」
「でも実際、君たちにそんな習慣はない。だからこそ何を以て定番と言い切ったのかが理解できない」

 さんの疑問から出た光のもしも話に俺なりの解釈を入れてみたけど、さんが言う通り、光が言うてるのは仮定の話や。
 そもそも昼休みに集まって部活のあれこれを話し合うのは、部長の白石と副部長の小石川の二人だけでしとるのが大概や。その場所もどっちかの教室やし、俺らが集まってミーティングするのは部活終わりの部室がほとんどやった。何しろテニス部にはどこよりも個性的な面々が集まっとるさかい。話の脱線はままあることで、休み時間なんて短い制限の中でとても終われるもんやないっちゅー話や。
 特に今年はとんでもないゴンタクレが入部しよった上に、風来坊なもう一人の転入生がおる。
 去年は精々小春とユウジの二人を止めればよかったけど、そういう手の掛かる人間が今年は倍になったんや。放課後でもなかったら時間が足りひんわ。

「そもそも、定番って何のことや?」

 しばらくして落ち着いたんか、顔に血の気の戻った白石が口許に手を当てた見慣れた姿勢で疑問を口にする。

「転入生の言い回しからして、俺らテニス部が屋上に集まって昼にしとること、ちゃうか?」
「それは言われんでもわかっとる。俺が言いたいのは、どこの世界の定番かっちゅうことや」
「どこの……?」
「せや。王道の何たらストーリー言うてたくらいやから、偶然知り合った子が自分のクラスに転入して来て再会することで始まる話とか、俺様生徒会長が唯一自分に刃向かった貧乏女子学生を気に入って逆に絆されてく話とか、ほんまは好き合っとる幼馴染同士が成長するにつれて疎遠になっとったところへ第三者が介入して、二転三転しながらも最後は目出度く結ばれる話とか。何か元ネタがあるはずやろ!」
「……白石、それ全部恋愛もんやろ。たとえ話でも今は洒落にならんで」
「ちゅーか白石部長、それ王道やなくてベタの間違いとちゃいますか」

 ユウジと光の突っ込みも尤もやと思うけど、俺としては例に挙げられたのが全部少女漫画的展開やったことに目頭が熱なる。
 確かに自分、先の読めるある意味型に嵌まった韓国の恋愛映画好きやし、お姉さんや妹さんの持っとる少女漫画借りてよう読んどるし、俺にも布教や言うて無理矢理貸して来たこともあるし、な……。

「――― いや、その考え、意外に在り得るかもしれない」

 けど真面目な空気を壊されて白けた俺らの一方で、それこそ意外なことに、さんは白石の発言を肯定的に受け止めた。

「どういう意味や?」
「さっき教えたアレの“声”には、まだ続きがあるんだよ」

――― マネージャーになったら、そうね。やっぱり夢小説みたいな合宿展開かしら。夏まで他の王子様たちに会えないなんて、我慢できないもの。景吾や侑士、精市に雅治、国光、周助……嗚呼、沢山居て困っちゃうわ。だけど最後は青学も氷帝も立海も、ぜーんぶあたしのもの。ふふっふふふ、あはははははははははははははははっ!!!

「夢小説とやらと現実を混同しているのなら、あの不可解な思考回路にもある程度の説明はつく。また行動原理がそこに由来するのであれば、今後の対策も立てやすい」
「ほな問題は、その夢小説言うのが何かっちゅーことやな」
「タイトルとは思えへんし、推理小説とかSF小説みたいなジャンルのことか?」
「……謙也さん、どないしたんすか?」

 光明が見えて俄かに沸き立つ中、黙り込んどった俺に気付いた光の呼び掛けにはっとする。
 訝しげな三対の瞳と、時々何を視とるのかわからん一対の瞳を向けられて、思わず視線が泳ぐ。せやけどこんな状況やから、ヘタな誤魔化しは賢くないと、この半年間で嫌と言うほど理解しとる。

さん。転入生てほんまに、氷帝とか侑士とか言うてたん……?」
「わたしの聞き間違いでなければね」
「いや、それはないと思うで。どの学校も名前も中学テニス界では知れとる有名所や。俺らのこと知っとる転入生なら知ってて不思議やないで」

 白石の言うことは確かやった。
 確かにどの学校も、苗字の方が耳慣れてすぐには誰かわからんかった名前も、俺らのことを知っとるくらいなら知ってて当然の情報や。
 けど何故か、胸がざわつく。それは多分、まさかここで耳にするとは思ってへんかった名前を、まさかのさんの口から聞いたからや。

「……従兄弟やねん」
「は?」
「氷帝の忍足侑士て、俺の従兄弟やねん」

 同い年でテニスしとる従兄弟の話はようしとったけど、それが誰かまでは言うたことがなかった俺のカミングアウトに、千の技を持つ天才っちゅー、俺からしたらちゃんちゃら可笑しい渾名を持つ侑士を知る三人は見事に絶句して固まった。
 中でもいっつも無愛想な光のそういう顔は初めて見たけど、新しい一面が見られた喜びよりも、光らしからぬ表情に不気味さが先立った。だって光やし。
 せやけど今はそんな感情も周りの反応もどうでもええ。俺が気になっとるのはもっと別のことや。

「大丈夫だよ」

 いつの間にかあらぬところに視線をやっとったさんが、そんな俺の心を読んだように言う。

「アレは君の従兄弟くんとは一切の面識もないよ」
「ほ、ほんまか!?」
「でも、前にも言った台詞を繰り返すことになるけど、君は今正に風前の灯火にある我が身を案じるべきだと思うよ」
「……へっ?」
「曰く、アレは忍足’sとやらの内では君の方が好みだそうだから」

 視線を戻したさんの「ご愁傷様」っちゅー、その前にも言ったことがある言う台詞と同じく聞き覚えのある台詞に、今度は俺一人が絶句して固まった。
 横からポンッと、いっそ八つ当たりしたなるぐらい優しい手付きで、白石が俺の肩を叩く。いつの間にか握っとった拳が戦慄わなないた。
 けど、俺がその拳を振るうことはあらへんかった。

「尤も、アレの一番のお気に入りは部長の君だけどね」

 今度は俺が、一人絶句して固まる白石の肩を叩く番やった。……どんまい。
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