「結局のところ、転入生は何者なん?」

 白石の一言で、さんとオネェさんは会話で逸れとった話が本筋に戻る。

「何者って、さっきも言ったけど、わたしにそれを断ずることはできないよ」
「せやけど、全く“何か”わかっとらんとちゃうやろ? いくらさんが人の名前を呼ばんちゅうても、アレとかモノ呼びするくらいやし」
「まあ、そうだね」
「それに、転入生の狙いが俺らやっちゅう話、まだ詳しく教えてもろてへん」
「――― はあ!?」
「……それ、どういうことすか?」

 白石の指摘をさんは肯定する。
 一方で、教室でされた転入生の狙いが俺ら云々の話を知らんユウジと光が、白石の言葉に詰め寄った。

「どうもこうも、言葉通りだけど」
「そういう意味とちゃうわ!!」
「とは言われても、わたしには到底理解できない言葉の羅列と思考回路で、他に説明のしようが……」

 勢いよくユウジに噛み付かれても、さんは怯まずにほんまに困った様子で言葉を濁す。

「――― って、さん、もしかして転入生の“声”が聞けるんか……?」

 俺が知る限り、賑やかさの中から漏れ聞こえた人だかりとの会話やその異様な人気振りから、転入生がさんの言う意味のわからん言葉の羅列や思考回路を覗かせた場面はなかったはずや。
 機会があったとすれば光を回収しにいった時だけ、ちゅーか戻った時「耳に五月蝿い虚言に当てられて参ってるだけだよ」言うてたし。それってつまり、そういうことやろ。
 いや、それ以前に転入生はさんに「良いか悪いかで言えばわからない」と言わしめた存在であり、白石に憑いてた女たちを登場しただけで競るまでもなく消し去って、いくら過保護なオネェさんでもユウジが近付くことを拒否し、耳がいい光を茫然自失させるだけの強烈な“声”を持っとる。

 これだけの要素を持って、転入生が俺らと同じ“ひと”である訳があらへん。

「耳障りなくらいにね。――― ああ、そうか。アレが何を言っていたか教えればいいのか」

 さんはあっさり肯定して、“声”の強烈さを知る光がぎょっとしとるのを尻目に、妙案だと言わんばかりに手を打った。
 ……光が衝撃のあまり記憶飛ばしたほどのもんやぞ。俺らに堪えられるんか?

 けど知らな、俺らはただ怯えるしかあらへん。
 逆に知ったことで余計な恐怖を煽られる可能性もあるけど、何も知らずに対策を練るも何もない。
 俺だけやなく全員、覚悟を決めてさんに向き直り聞きの態勢になる。

「全部言ってたら切りがないから掻い摘むけど、そうだね。どれも耳障りだったけど、特に頭が割れるか鼓膜が破けるかするかと思ったのは、教壇に立ったアレが教室を見回した時」

――― キャアアアアアアアッッ!! 本物の蔵と謙也だわ!!!

「……は?」
「本物って、どっかに俺らの偽物がおるんか?」

 さんの棒読みに言うとる内容が伴っとらんっちゅーのもあるけど、それ以前に予想外過ぎて間抜けな声が出た。
 “声”が聞こえへん俺が唯一知る“声”言うたら、さんに同調して夢で体験した、さんの過去のあれだけやから。“声”っちゅーんは全般的にああいうもんなんやと思とったけど。まさかのオネェさんタイプやったとは意外や。意表を突かれた。
 白石は白石で、初対面の女子に実際口にされてないとは言え気安く「蔵」呼ばわりされたのが不快やったんか、顰めっ面で転入生の“声”に反論する。

「それは知らないけど、その直後に、君はアレと目が合った」
「あ、ああ。ようわからん“何か”に捕らわれてまう直前でさんに名前呼ばれて、踏み止まれたんや」
「そしてわたしの指示に従って、アレから逃げるために目を逸らして俯いた」
「せや」
「でもアレには、そうは映らなかった」

――― もうっ、謙也ったら照れちゃって! でも確かにあたしは綺麗だし可愛いし? 綺麗で可愛いあたしに、更に綺麗で可愛く微笑まれちゃったら、照れるのも当然よね!!

――― 蔵もずっと俯いたままで、どうしたのかしら? あ、そっか! こんなに綺麗で可愛いあたしに興味ありませんーって態度で、逆に気を惹く作戦なのね!! ふふっ! そんなことしなくたって、ちゃーんと構ってあげるのに。蔵ったら格好いいだけじゃなくて可愛いんだから! あたしほどじゃないけどね!!

「うっざ」
「頭いかれとんのとちゃうか、その女」

 表情もトーンもガチで言うとる光とユウジの言葉には同意しか浮かばへん。俺も同じ気持ちや。

「そして空いてる席へ着席するように言われ、意気揚々とわたしたちの方へ ――― わたしの席へ向かおうとしたのを、担任に止められた時」

――― はあ? あんなモブしかいない廊下側があたしの席? ふざけんじゃないわよ! 空いてる席なら、謙也の後ろで蔵の隣の席こそがあたしに相応しい場所でしょ!!?

――― それとも何、誰か休みの奴がいたワケ? 誰よソイツ、絶対に許さない。もしも女だったら徹底的に叩き潰して、生まれて来たことから後悔させてやるわ! その場所はあたしにこそ相応しいのよ!!

「俺らのクラスで空いてた席て、転入生のために用意されてた席だけやんな?」
「欠席者はいなかったからね」
「……さん、ずっと席におったやんな?」
「いたね」
「…………さん、女やんな?」
「そうだね」

 白石らしくないアホな質問が最後にあったけど、その気持ちはようわかる。

 さんの言葉が要領を得ないもんなら、転入生の言葉はそもそも意味不明やった。
 大体どんだけ自分に都合のいい解釈しとんねん。鏡見た訳やないけど、あん時の俺、まず間違いなく白石に負けてへん蒼褪めた顔しとったはずやで。逆に赤なっとったなら勘違いされてしゃーなかったかもしれんけど、どこの世の中に顔面蒼白で照れる人間がおんねん。白石だって同じや。
 それにさんの席を、何を根拠と基準にしとるんかは知らんけど、自分にこそ相応しいって何やねん。そもそも空いてへんし。さんの席やし。

 せやけど、そんだけトチ狂ったもんの言葉だけに、もしも女だったら云々の発言は重たく伸し掛かった。
 綺麗な顔した人当たりの良さの裏で、そんだけのことを考えとったんや。そこがまた恐ろしい。
 叩き潰して、生まれて来たことから後悔させたるて、一体何をするつもりや。しかもさん、もろ該当やし。

「とは言っても、アレにわたしをどうこうできる術はないよ」

 そんな心配に気付いたんか、さんは軽く肩を竦めて事も無げに言う。

「さっき後輩くんを回収しに行った時、ついでに確認して来た。真後ろに立ったり声を掛けたりしたけど、アレはわたしに気付かなかったよ」
「確認て、え? ちょ、まっ、それって……!?」

 さんがただ見えてへんだけだったなら、まだ一つ、俺と同じで感覚が霊のそれに近いっちゅー可能性もあった。
 けど、そんな俺でも、真後ろに立たれただけでは無理やけど、流石に声を掛けられればさんの存在に気付ける。でも転入生は気付かんかった。
 さんの存在を一切認識せず、今日まで俺に存在を認識されず、基本的には視えへんし聞こえへん白石に本能的な危機感を与え、光を強烈な“声”で虚ろにし、ユウジを護るオネェさんに警戒心を抱かせる。――― そんな存在を、果たして俺らと同じ“ひと”と言えるんやろか。

「因みに、後輩くんがアレに声を掛けられた時の“声”が一番不可解だった」

――― キャアアアアアアア!! 光よ、本物の光だわっ! ああ、どうしようかしら。蔵や謙也もいいけど、光も捨て難いわ。やっぱり逆ハーを狙うのが一番よね!!

――― あら? 光ったら、ぼうっとしちゃってどうしたのかしら? あ、そっか。あたしの神々しいまでの美しさに見惚れちゃって言葉が出ないのね!

――― この階段を上ってたってことは、やっぱり定番の屋上でテニス部のみんなとお昼にするのかしら? それなら蔵と謙也もいるばすよね。あの二人ったら、このあたしの神々しさに気後れしたのかそそくさと教室を出て行ったけど、ふふっ! 大丈夫、ちゃーんとわかってるわ。

――― 二人共、教室ではずっと真剣な顔で話合ってたものね。きっと、どうしたらあたしを自分たちのものにできるか相談していたんだわ。だから、あたしの気を惹くように教室を出た。光っていう案内役まで用意してね。そしてテニス部と対面させ、ミーハーな女たちにウンザリしてる彼らは、唯一普通に接するあたしを気に入り、マネージャーに指名するの。

――― 嗚呼、最高だわ! これこそ王道の逆ハーストーリーよね!!!

 …………何ちゅーか、光が茫然自失してもしゃーない強烈さやった。
 この“声”がだだ漏れしとるって、どんだけやねん。

「……取り敢えず、一つずつ順に追ってこか」

 そう部長らしく仕切る白石の提案に反論するもんは誰もおらんかった。
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