恐怖とそこから来る緊張で集中できんまま終わってしもた一時間目。
 同時に授業の開始で中断しとった転入生を中心にした賑わいが教室内に戻る。いや、早くも情報が回ったんか、野次馬が廊下を塞がんばかりにまでおって、最初とは比べものにならん規模になっとる。
 こんな息が詰まってしゃーない空間からは一刻も早く離れたいところやけど。さんが腰を上げんし、今までの経験上、下手に動くよりもさんの傍におるのが一番安全やしで、俺も白石も席を立つことはせんかった。かと言ってやっぱり、転入生に近付こうとも思わへん。

 本人の許可が下りひんから、相変わらずさんをいないもんとした体で白石の方を向いて、せやけどこれといった話題は特にあらへん。
 暢気に歓談しとる場合でも、そんなんできる気分でもあらへん。

「いや〜ん! 噂に違わぬ別嬪さんやないの!」

 そん時やった。よく知る声のカマ言葉が聞こえて、俺も白石も反射的に、あれほど恐ろしくてしゃーなかった転入生の方を振り向いた。
 相変わらずそこは凄い人だかりが転入生の姿を覆い隠しとるけど、そんでも奇抜な七色のアフロ頭はよう目に付いた。挙句、くねくねした動きがいらんくらい存在を自己主張しとる。そんな人間を俺は一人しか知らんし、またいくら四天宝寺と言えども、そんな人間は一人しか存在してへん。

「えっと、あなたは……?」
「ああ、いきなりすまへんわぁ。八組の金色小春いいます。クラスはちゃうけど仲良くしたってや!」
「う、うん、よろしくね。えー、と、金色……くん?」
「そない堅苦しい呼び方やなく、小春ちゃんて呼んでや! オンナノコ同士、仲良くしましょ!」

 いや、自分オトコノコやろ。
 学ラン着た坊主頭が何言うとんねん。……今は七色アフロ頭やけど。

 なんてツッコミを俺が心ん中で入れとる目の前で、転入生と小春は早くも打ち解けてもうてる。
 さん曰く、小春は霊的事象とは全く無縁な人間だそうやから、俺らが感じとるような恐怖ともまた無縁で、転入生と普通に会話できるのは道理やろう。
 けど逆を言えば、何も感じ取ることが出来ひんからこそ危険に気付かず、自分が置かれとる危機的状況が全くわかっとらん。――― 常に小春に引っ付いて、小春が誰かと口を利こうもんなら「浮気か!?」と邪魔に入るユウジの姿がどこにもあらへんのが、ええ証拠や。

 ユウジに憑いとるオネェさんは、実はユウジを護るために取り憑いとる言うだけあって、ユウジに対してごっつ過保護や。
 さんの話やと、オネェさんは目が合った霊に問答無用で取り憑かれるユウジを自分が先に取り憑くことで占有し、他の霊たちが付け入る隙を与えんようにしとるんやと。また、オネェさんの力ではどうしょうもないもんが相手やった場合は、無理矢理にでもユウジの身体の主導権を奪い現場から退避する。
 せやから半年前のあの時、尋常ならざる様子で視聴覚室を飛び出した光を、ユウジやったら追って来うへん訳があらへんのに。ユウジは ――― オネェさんは追って来んかった。
 死んどるオネェさんもヤバいと思うもんに突撃かましに行ったんやから、そら当然や。それこそ、過保護なオネェさんがユウジを近付ける訳があらへん。実際それが正解やった。

(となると、オネェさんは今回も事態が落ち着くまで退避しとるんやろな)

 霊媒体質のユウジのためにはそれが最善とわかっとるけど、何かずっこい。
 そう思た俺を責めるかのタイミングで、携帯のバイブ音が鳴った。不意打ちに肩が跳ねて、思わず発信源 ――― さんの方を見てまう。

 鳴り止まへんバイブ音はメールの受信やなく電話の着信を意味しとるけど、さんは出ようとはせずに俺を見た。
 目が合うて、それに慌てて白石の方へ目を逸らす。
 さんは電話に出んで何事か携帯を操作し、間もなく今度はメールの受信とわかる短いバイブ音が鳴った。

「……今日のお昼、わたしは同席できないから」
「えっ!?」
「な、何でなん?」

 別に約束しとる訳やないけど、時には光も交えて一緒するのが当たり前になっとった時間を急にキャンセルされて、俺も白石も大いに慌てた。
 これが通常やったら、鳥居の内側にある学校やし、そない動揺せんでもよかったんやけど。今は転入生言う得体の知れん恐怖がすぐそこにあるんや。簡単には見送れへん。冗談抜きで命に関わるわ。

「ゆーじから呼び出し。放っとくと後が面倒だし五月蠅いし、アレについて説明して来る」
「ええと、“ゆーじ”て一氏ユウジとはちゃう、よな?」
「加持優治。君たちが言うところのオネェさんだよ」

 何か今、場合とちゃう新情報が発覚したけど、それよりもや。

「“アレ“っちゅーんは、さっきも言うてたけど転入生のことやろ? その説明て、つまり、そういうことなん……?」
「それも含めての話」
「ほなら、俺らも同席してもええやろ? きっと俺も謙也も、無関係ではいられんし」

 いや、出来ることなら無関係でいたいんやけどな。
 と、実際に言うた訳ではあらへんけど、言外に潜んだ本音も含めて、俺は白石に激しく同意した。

 するとさんはしばし沈黙して、視界の端で頷いたのが見えた。

「確かに。アレの狙いは君たちだし、先に話しておいた方がいいかもね」
「……」
「……」

 何か今、ものごっつ不吉な発言が聞こえた気がするんやけど。
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