当初は長く感じられてしゃーなかった一日一日の流れが、気付けばあっという間に過ぎること、あれから早半年。
 その間、一概に何とは言われへんもんに追い掛け回され、襲われ、取り憑かれ、祟られ、魘され、思い出したない命の危機に瀕することが多々あったけどもや。どうにか無事に、俺らは最終学年、光は二年に進級することが出来た。
 因みに俺と白石とさんの三人は同じ二組に振り分けられ、剰え座席は最初出席番号順になっとるはずのもんをまるっきり無視し、さんが窓側最後尾の特等席でその前に俺、隣に白石っちゅーL字型で問答無用に固定されとった。何ともまあ、作為的なんがモロバレ過ぎて潔過ぎるっちゅー話や。
 せやけどそんな二組の担任があの一件の時に授業しとった教科担任なんやから、そらしゃーない。寧ろ面倒押し付けられたことに同情するわ。その一因やけども。

 そんな感じでスタートした中学校生活最後の一年。
 一日のほとんどを過ごす学校で常にさんの近くにおる御利益か、いつになく平穏に過ごせとった日常が“ほんの”一週間目を数えた日やった。


「転入生?」

 朝の校門から終始賑やかで喧しいんが当たり前の四天宝寺やけども、どこか様子が違たこの日。
 朝練中も漂う違和感を拭おうとした俺の疑問を解決したんは、つい最近も耳にしたばっかの単語やった。

「転入生て、千歳の他にもおったん?」
「らしいで。噂によると手続きに手間取ってずれ込んでしもたらしくてな。今日あたり登校して来るって話や」
「大人の事情っちゅーやつか。そら気の毒やな」

 まあ俺らは未成年やし大人に庇護されとる扶養者やから、文句を言えたもんやないけど。
 ただ四天宝寺の気質上、転入生言うだけで充分注目される要素を持っとるっちゅーのに。対面を引き延ばされた一週間分蓄積された生徒たちの好奇心と、新年度の始まりと同時に転入して来た千歳が、二メートル近くある外見のインパクトに反してふわっふわな中身しとったのとで、いらんハードルが上がってもうとるのは必至や。
 千歳並のキャラの濃さを求められて、ヘタな無茶振りされへんとええけど。
 いや、ひょっとしたら、まともに挨拶すらさせてもらえへん可能性もあるな。

 と、見ず知らずの転入生を心配するんと同時に同情する俺の一方で、疑問に答えてくれた白石は転入生が男か女なんかが気になるらしい。
 まあ仮に転入生が女子やった場合、最悪憑かれる可能性があるさかい。白石が過敏になるのもしゃーない。
 傍からしたらとんでもあらへんナルシストな考えやけど、白石には一目惚れされるだけの整った外見とよう気が利く優しい性格。そして何より憑かれ易い素質があるんやから。僻むどころか同情するわ。

 ……俺もある意味、白石のこと言えたもんやないけど。

 そん時ふと、視線を感じた。
 見れば側で一息入れとった光が俺のことを凝視しとって、反射的に身構える。

「な、何や?」
「……いや、謙也さん、前にも似たようなこと言うてはったなと思っただけすわ」

 一体何のことを言うとんのかと考えて、すぐに思い当たる。
 そういえば光の言う通り、去年の夏休み明けにさんが転入して来た時も、こんな感じやったな。

 せやけどあん時、校内の常識になっとったさんの存在を俺だけが認識できてへんかったのにはちゃんとした理由がある。
 さん曰く、何でも俺の感覚は霊のそれに近いらしい。つまり、俺にとってもさんの存在は認識の外にあるっちゅー話や。
 せやから俺の耳にはさんの噂が全く入って来んかったし、すぐ背後に立たれても全く気配に気付けん。お陰で一度さんを見失ってまうと受け身になる以外見つけ出すのは至難の業やから、一体何遍、心臓に悪い思いをしたかわからへんわ。

(……ん?)

 そこで一つ、新たな疑問が生まれた。

「なあ、白石。その二人目の転入生の話って、いつ頃から噂されとったん?」
「せやな。手続きに手間取って云々の話を聞いたのは三日ぐらい前やったけど、転入生が二人おるっちゅう話は始業式の日からあったで」
「……光も、その話の存在を知っとるんか?」
「まあクラスでも結構話題になっとったんで、小耳に挟むくらいには」

 前回、さんの時もそやったけど、光まで知っとるとなれば常識レベルの話と思てええ。
 せやけど、俺は千歳以外の転入生の存在を全く知らんかった。つまり。

(いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやっ!! 流石にまた、そんなん何度もあるワケが)

 誰に向けたもんでもない否定を心ん中で重ねたのも束の間。

「ちゅうか謙也、その転入生が来るのって俺らのクラスやで。始業式の日に担任が説明しとったやろ」
「――― えっ!!?」

 白石がけろっとした顔で爆弾を落としよった。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……謙也さん、まさか二人目の転入生の話、今初めて知ったんすか?」

 錆び付いたブリキの玩具みたいにしか動かん首を縦に動かす。

 実はユウジを護るために取り憑いとるっちゅーオネェさんみたいな庇護者がおらん俺ら三人には、さんが近くにおらん時に遭遇する可能性がある命の危機を回避すべく、いくつかの指標が提示されとる。
 そん中に、他人からの情報で俺が初めて認識した話っちゅー、正に現状と当て嵌まる項目がある。
 他にも、光が耳を塞ぎたくなるような声とか、白石に憑いとるのが女一人か或いは男やった場合とか、オネェさんの姿が見当たらん時とかがあるんやけど。問題なんはこの指標がその内容によって危険の度合いを示しとるっちゅーことや。

 因みに、今回の危険度はぶっちぎり。
 それなりに強い力を持っとるらしい俺の認識外っちゅーことは、そんだけ力の強い“何か”が作用しとるっちゅーことで。

 ――― 覚悟、決めていた方が楽に死ねるよ。

 この説明の時に相も変わらずさらっと、さんに告げられた恐ろしい言葉が蘇る。

「……」
「……」
「……」

 サーッと、お互いの顔から血の気が引いてく音が聞こえた気がした。
019*121212