パイプが剥き出しになっている黒ずんだ暗い天井を見つめ、は珍しく、意識の覚醒までに多大な時間を要した。 とはいっても、実際には五分にも満たないほんの数分の時間であり、覚醒してからのの対応は素早かった。が横にされているベッドとナイトテーブル、クローゼット以外の家具が見当たらない小ぢんまりとした室内をざっと見回したは、現状に危険がないと判断すると静かに上体を起こした。 見れば泥と血で汚れていたはずの身体は清められ、逃走劇の始まりから身に着けていたにはサイズが大きかった服はいつの間にか、の華奢な体格に合ったサイズの服に着替えさせられていた。袖を破いた布で止血しただけだった足の怪我は治療され、肩の傷にも包帯が巻かれている。一体何がどうなっているのだろう。 頬に貼られた絆創膏を指先で撫でたは、触れた己の手の冷たさに息を呑んだ。 素早く頬から引き離して見下ろした手は身体と同じく清められているはずなのに。ノイズ交じりの映像がチカチカと脳裏を過ぎり、重なり、混合する。――― 途端、背筋が震えた。指先から感染した冷たい熱を思い出し、咄嗟に拠り所を求めて再び狭く質素な部屋を見回したはそして、そこでようやく気が付いた。 「――― クラ、ウ、ド……?」 の記憶は冷たくなったザックスの身体に縋り付いたところで途切れている。しかしそれでも、ザックスと共に常に傍にあったその存在が近くにあったことは、感覚よりもっと曖昧だが確固とした部分で感じ取っていた。 だが今はそれがない。見た通りは見知らぬ部屋にたった一人でいる。 最後に見たクラウドは瞳の焦点こそ定まっていたものの、生きとし生ける者としての光を宿っていなかった。 記憶が定かでないほど自失していたとはいえ、まさかあの場所にクラウド置き去りにしてしまったとは思いたくない。自分がそんなことをするはずがないと信じたい。だが実際、クラウドはの近くにいない。――― は転がるようにしてベッドから飛び出すと、焦るあまりもたつく手でなんとか部屋の扉を開けた。 五歩も歩けば突き当たってしまうような狭く短い廊下を駆けたは、焦燥に足を絡ませてその先にあった暗い階段を転がり落ちる。打ち付けた頭や肩、腰、背中の痛みなど感じている余裕はない。 すぐさま立ち上がったはそして、階段を下りたすぐそこにある部屋で見間違うはずのない金髪を見つけ、一直線に突っ込んだ。 「クラウド!!!」 まるで体当たりでも仕掛けるようには飛び付いた。もともと自力で立てるような状態になかったクラウドの身体は呆気なく押し倒され、二人は諸共床を転がった。クラウドの背に腕を回し、抱き付くというよりはしがみ付く状態のはクラウドの胸に顔を埋め、感じるその鼓動に胸を震わせた。 身体の芯に残っていたザックスの冷たい熱が、クラウドの熱に融かされていく。生きているのだと、言葉より顕著に教えてくれる喜びに眼球の奥が熱くなり、は胸が一杯になる。 「クラウド、クラウドクラウドクラウド、ク、ラウド、クラウド……」 ただただクラウドの名前を呼ぶことが精一杯だった。 すると不意に、が全身で肌身に感じている熱と同じ熱が肩に置かれ、は息を呑んだ。 「?」 それは耳に馴染んでいるようでその実、全く馴染みのない声だった。だがはこの声の主が誰かを知っている。 意味のない言葉などではない、目覚めてからここまでザックスにしか呼ばれなかった名前を呼ばれ、はぎこちなく腕の力を緩めると恐る恐る顔を上げた。そしてザックスで見慣れていたその不可思議で神秘的な碧と出逢う。 意思という光を宿したその色に、は今度こそ呼吸が止まった。 有らん限りに瞠目する、碌に見た記憶がない自分の顔とクラウドの瞳を通して目を合わせ、はこれはまさか夢を見ているのではなかろうかと疑った。 「クラ……ウ、ド……?」 「いきなりどうしたんだ? それより階段から落ちて大丈夫 ――― じゃ、ないな。傷が開いてる。怪我をしている自覚がないのか?」 「ク、ラウド? クラウド、なの……?」 「はあ? は何を言ってるんだ?」 頭を打った影響か? なんて言いながら、クラウドは黒のグローブを嵌めた手での頭にできた瘤を撫でた。 触られたことで鈍い痛みが頭を走り、その痛みでこれが夢ではなく現実であることを知ったは、そして戸惑った。目の前にいるのは確かにクラウドだ。目映い金髪と魔晄の影響と言う瞳の色がそれを証明している。 だがこんな彼をは知らない。が知っているクラウドは魔晄中毒に犯されていたクラウドと、ザックスが話してくれた話に登場するクラウドだけだが、そのどちらも、現状のクラウドとは掛け離れていた。 恐る恐る伸ばした手でそっとクラウドの頬に一瞬だけ触れ、離れる。 再び、今度は指先だけではなく掌全体で包み込むようにはクラウドに触れて、喜びから程遠い感情を抱いている自分に気付いた。 |