「研究者ってのは弱すぎだっつーの」

 気を失っている研究者を呆れた顔で見下ろし、ザックスは肩を竦めた。
 魔晄に満ちたポッドの中で意識が目覚めてからと言うもの、脱出の機会を窺って彼らの様子を窺っていたがその生活のなんと乱れたことか。顔の青白さは決して、自分の攻撃によるものだけが原因ではないはずだ。

(軽く手刀落としたくらいで……もう少し加減するべきだったか?)

 しかしよくよく考えてみれば、自分が研究者に慈悲を見せてやる義理はないのだ。
 記憶にある限りの、彼らが自分たちに行ってきた数々の所業を思い出してザックスは表情を歪ませた。込み上げてくる不快な気持ちに舌打ちをし、研究者から視線を外すと近くのコンソールに向かう。

 何の数値を示しているのかわからないメーターが定まることなく激しい上下をくり返し、ディスプレイには読み取ることは出来ても理解まではできない単語と数字が羅列している。赤く表示された『警告』の文字は、ザックスがポッドを割って脱出したために表示されているのだろう。
 これでは異状に気付いた上の人間がいつ駆け付けるかわからない。ザックスは益々不快な気持ちが込み上げてくるのを感じながら、操作方法のわからないコンソールを早々に離れて、近くにあった椅子を振り上げた。

「クラウド!? クラウド、しっかりしろ!!」

 機械はついに不愉快な音を上げてしつこく『警告』を主張し始めたが、ザックスが知ったことではない。
 一気に外へ排出される魔晄の流れに乗って外へ吐き出されようとする親友の身体を押し留めて、割れたポッドの破片で傷付けないように引っ張り出す。体躯の変わらないクラウドの身体がザックスの肩に圧し掛かる。

「クラウド、俺がわかるか? クラウド!」
「うぅ……あ……」
「クラウド……? っ、クソッ!」

 いくら呼び掛けても、返るのは呻き声にも等しい意味のない音だった。
 ザックスを虚ろに映す瞳は、彼が元来持っていた青を更に深めた碧だった。――― それは見紛うことなき『証』である。

 悔しさが、遣る瀬無さが、苛立ちが込み上げる。
 再び振り上げた椅子をうるさく騒ぐコンソールに投げ付けると、コンソールは途端に静まった。ディスプレイには何の表示もなくなり、メーターも動かなくなる。気を失っている研究者に目をやり、ザックスは床を殴った。
 こんな、燃えるような憎悪を抱くのは生まれて初めてだった。こんなにも強く、誰かを憎いと思ったことはない。

(宝条……それに神羅……!!)

 見ているはずなのに見ていない。
 赤子のように首が据わらずにいるクラウドに目をやり、ザックスは必死に笑顔を取り繕った。

「……ちょっと待ってろよクラウド。武器になるもん探してくるから。ああ、着替えもあった方がいいよな」
「……あ、う…………」

 魔晄がいくら無臭でも、肌に張り付く服は不愉快であり、何よりポッドの中に入れられていた記憶が蘇ってくる。
 ザックスは立ち上がると、機械と資料に溢れた室内を見回した。ポッドの中にいたときから見当はついていたが、見覚えのあるこの場所はやはりニブルヘイムにある神羅屋敷の地下だ。
 英雄が狂気を孕んだきっかけとなった場所である。思い出しても苦い記憶しか蘇らない。

 入口に程近い場所に置かれた自分たちの入れられたポッドを離れ、ザックスは部屋の奥に向かった。すると意外にも簡単に、ザックスの武器であるバスターソードが見つかった。
 壁に立て掛けられ埃を被り、扱いはぞんざいであったが武器としては申し分ない。懐かしい重みを背負い、今度は着替えを探して首を巡らせる。

 ――― 目が合ったのだ。

 ザックスたちが入れられていたものよりも大きなポッドに、彼女は入れられていた。
 今まで気付けなかったことが不思議なくらい、彼女はザックスを凝視していた。そして目が合ったことに気が付くと、彼女は不思議そうに首を傾げた後 ――― 微笑んだ。

 考えるよりも先に、気が付けばザックスの身体は動いていた。
 先程と同じ方法でポッドを割り、満たされていた魔晄と一緒に外へ出ようとしていた彼女を抱き上げ、破片から離れた安全な場所へと下ろす。彼女は何度も瞬きをくり返してザックスを見つめていた。

 無垢な黒色の瞳がザックスを映す。
 そしてまた、彼女は微笑んだ。
SMILE
えがお
20080229