「――― そういやさ」

 暁を迎える空を、身を潜めた雑木林の合間から見つめてザックスは口を開く。
 自分たちに実験体としての価値があるのかどうか知らないし知りたくもないが、殺意が見えない追っ手をどうにか完全に振り切ることができ、一息ついた瞬間、ザックスはあることに気が付いた。念のため周囲を警戒して張り巡らせていた気を、正面に腰を降ろす『仲間』に向ける。

 振り返ったザックスの視線を受けた彼女は先を促すように首を傾げた。

「俺たち自己紹介がまだだったよな? いや、単にそんな余裕がなかっただけなんだけどさ」

 血がついた抜き身の刀を片手に可愛らしく小首を傾げる一見ひ弱な女性という、なんともシュールな光景を前にザックスは内心苦笑する。
 残してきた二人のところへ他の兵士が向かったことに気付いた時には肝を冷やしたが、目の前の敵をどうにか一掃して駆け付けた時には鳥肌が立ったのを思い出す。戦えるようには到底見えなかった彼女が、刀を片手に神羅兵の血の海で無感情に佇んでいたのだから。人は見かけによらないとか、そんな言葉では済まされない衝撃に思わず言葉を失った瞬間だった。

 戦いや戦場に慣れているザックスでも、あの光景は恐ろしいものだった。しかし恐怖より、あそこから逃げ出すことができた今は感謝している。
 自力で立つことができないクラウドを庇いながらの脱走劇は流石のザックスにも辛いものがあり、余程長い期間ポッドの中にいたのか久し振りと感じられた多勢との戦いは一人で乗り切るには無理があった。しかし彼女が戦える人間だったお陰で負担は半減し、どうにか逃げおおせたのだ。


「俺はザックス。で、こっちが俺の親友のクラウドだ」

 そっちは? と聞き返そうとしたザックスは口を噤んだ。極自然な流れであったが、ポッドから脱出してからここに至るまで、彼女は一言も言葉を発していないのだ。喋らないのではなく、喋れないのではないか。当初にも抱いた疑問がぶり返した。

「あ、悪い。俺 ―――」
「ざっく、す……?」
「……え?」

 それは女にしては少し低くて、幼子のように舌足らずな声だった。
 ぽかんと間抜けな顔で初めて声を発した彼女を見つめるザックスの驚愕を余所に、当人は舌に馴染ませるように拙くザックスの名前をくり返し呟き、満足がいったのかしばらくすると一つ頷いた。そして今度はクラウドの名前をくり返して、最後にまた頷く。

「…………喋れる、のか?」

 驚きが抜けきらないザックスの問いに、彼女は首を傾げたあと頷いた。
 では何故今まで喋らなかったのかザックスは疑問に思い、しかし訊ねることはできなかった。そこは触れてはいけない話題のような気がしたのだ。

「そっか。じゃあ改めて、そっちの名前は?」
「な、まえ……?」
「そう。名前がわからないと、これからなんて呼べばいいのかわからないだろ? 俺たちのことは気軽に呼び捨てにしていいからさ」

 それともまさか、名前がないのだろうか。懸念したザックスだったが、それは杞憂に終わった。


? か」

 彼女 ――― がそうしたようにその名をくり返したザックスに、はくすぐったそうに笑ってみせた。
NAME
なまえ
20090414