意識が浮上すると同時に働き始める思考は現状を把握することに努める。それは気付いた時には既に身に備わっていた習慣であり、一種の癖のようなものであった。
 鼻腔を擽る埃のにおいと土のにおい。そして上空のプレートに空を遮られるミッドガルでは馴染みのない、花の香り。自己のものではない温もりに全身を包まれているのを感じながら、は瞼を開いた。そして薄くぼやける視界に黄色と白の小さな花弁を認めた。ミッドガルに来てから初めて目にする野花だ。
 まるでスッポトライトでも当てられているかのように明るい、半径三メートルほどしかないこの場所だけが別世界だった。

「あ、気が付いた?」

 すると不意に女性の声が聞こえ、素早く身を起こしたは振り返った。
 薄茶色の髪を高い位置に結い上げる大きなリボンが印象的な女性がそこにはいて、女性は手を汚す土を払いながら立ち上がると、の目の前までやって来る。そしてと視線を合わせるようにしゃがんだ女性は微笑んだ。――― は息を呑む。

「下の彼が下敷きになってくれたみたいだから、多分平気だとは思うけど、大丈夫? どこか痛むところはない?」
「……、…………ない」

 は視線を下ろした。女性が言う通りの下には意識を失っているクラウドがいて、小さな掠り傷が多々見られるクラウドに対して無傷の自分を見る限り、女性の言う通りクラウドが身を挺して自分を護ってくれたことは間違いなかった。そうでもなければ地上から遥か上空にあるプレートから落下して、無傷でいられるはずがない。生身の人間であれば死んでいるところであるが、自分たちは常人とは違う存在であるからこそ助かり、それはあまりに皮肉なことであった。
 クラウドの胸に手を当てたはほっとする。抱き締めてくれていた腕に温もりがあった時点でわかっていたことだが、掌に感じる鼓動がよりはっきりとその事実を教えてくれる。そして護りたいのだと、そう言った直後の己の失態に泣きたくなってくる。

 あんな想いはもう二度としたくないのに、また失うのかと思った。力を持ちながら肝心な時に役に立たないのかと。クラウドまで、また。

「どうしたの? やっぱりどこか痛む?」
「……ない。……、違う」
「そう? 無理しないでね。えっと、じゃあ、立てるかな? はい、掴まって」

 女性が差し出してくれた手に、は素直に掴まった。
 思っていたよりも強い力で引き上げられて一瞬バランスを崩したものの、は無事に立ち上がった。服や露出した肌に付いた土と草を払い落としてくれる女性の手も、は大人しく受け入れる。けれど女性の顔を見ることはできなかった。見られなかった。

「あ、動いた! 彼も気が付いたみたいだよ。もしもーし?」

 だからは女性の言葉を聞いてここぞとばかりにクラウドを振り返り、彼の横に膝をついた。仰向けている顔に差し込む陽射しがまぶしいのか、顔を顰めるクラウドの顔をは覗き込んで、自分の頭でクラウドの顔の上に影をつくった。ほんの少しクラウドの表情が和らいで、そして瞼が開く。

「ッ、…………?」
「痛い、ない?」
「あ、ああ。それよりここは……?」
「ここは五番街にあるスラムの協会よ。いきなり落ちてくるんだもん、驚いちゃった」

 その言葉で女性の存在に気付いたクラウドは地面に手をつきながら身体を起こし、「落ちてきた?」と怪訝な表情を浮かべた。
 現場を目撃していた女性の話によれば、クラウドとは教会の屋根を突き破って文字通り落ちてきたのだそうだ。幸いにも怪我が掠り傷程度で済んだのは、屋根に衝突したことで落下速度が落ち、落下した地面にたまたま咲いていた花がクッションになってくれたお陰だろうと言う。
 彼女の話でようやく足元の存在に気付いたクラウドは慌ててその場から飛び退き、はクラウドに腕を引っ張られて光の外へと連れ出された。花たちは見事に潰されてしまっていた。

「花、悪かったな」
「ううん、気にしないで。お花、結構強いし、ここは特別な場所だから。ほら、ミッドガルって草や花があまり育たないでしょ? でもここだけは、花が咲くの」

 好きなんだ、ここ。しかし女性はここではないどこか遠くを見つめて呟くようにそう告げて、潰れてしまった花たちを一つずつ丁寧に起こしていく。
 床板が剥がれ剥き出しになった地面に咲く花たちは、この場所にだけ降り注ぐ陽射しもあって、確かに他とは一線を画してクラウドの目に映った。彼女の言う『特別』の意味がわかる気がする。

 そんな二人のやり取りをクラウドの陰に隠れて見守るは、胸元で硬く拳を握り、女性から目を逸らした。
 確証はない。しかし本能的には感じ取っていたのだ。この女性が ――――― である、と。だからこそには女性を、エアリスと名乗った彼女を直視することができなかった。その後確信が更に確定されたとなれば尚の事。見れるはずがなかった。
FLOWER
はな
20090625